直木賞は誰の手に 候補作読み比べ 記者の一推し作品は?

西日本新聞

 第163回芥川、直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の新喜楽で開かれる。芥川賞には2016年に死去した作家津島佑子さんの娘で太宰治の孫にあたる石原燃さんの「赤い砂を蹴る」など5作、直木賞には7度目の挑戦となる馳星周さんの「少年と犬」など5作が候補入り。両賞選考会を記者が展望した。(記者:内門博、小川祥平、北里晋、佐々木直樹、諏訪部真、野中彰久、平原奈央子、藤原賢吾)

 -直木賞は、7度目挑戦の馳星周さんから。

 北里: ペットの犬がなぜコンパニオン・アニマルと言われるかを突き詰めた一種の童話。動物好きに刺さるが、2編目には全体構造が分かり、半ばで放浪の終着点の想像がついた。

 佐々木: 「不夜城」などの暗黒(ノワール)小説で人間の心の奥にある弱い部分、欲望を描いてきた作家らしく、犬と人の物語という穏やかそうな舞台設定で、社会の暗部を際立たせた筆力はさすが。人間が生きることの深みと重さを突くドラマを描いてきた筆は健在だった。

 藤原: 小説全体に死のイメージがつきまとい、神のように超然とした無言の伴走者である犬が人界の苦難を俯瞰(ふかん)する役割を果たしている。震災被災者がテーマの一つで、新たな災害文学と呼べるかもしれない。

 小川: ただ暗黒小説色を残しつつも、いい話として作り込みすぎ。前候補作「アンタッチャブル」もノワールものではなく、作風を広げてはいるが…。

 諏訪部: 「ステイホーム」でペットに救われた人が多いという話もある今、タイムリーな作品だった。

 -4度目の候補の澤田瞳子さんは?

 平原: 歴史学と能楽の豊富な知識から編んだ安定した文章。知っている人は物語の飛躍を楽しめ、能楽に詳しくない人には手引き、入り口になる。

 野中: 中世の説話文学に材をとった芥川龍之介、民話や古典を再解釈してみせた太宰治を連想した。能の「山姥(やまんば)」は一種の仏教説話だが、これを基にした巻頭作「やま巡り」は、貧しさの中で別れ別れになってしまった母娘の悲劇に仕立てた。どの作品にも著者の才気と文学性がみなぎる。

 諏訪部: 「うそ」もキーワードの一つで、美しいようで醜い、醜いようで美しい人の姿が味わい深い。

 藤原: 歴史小説にたけた著者らしい絵巻物のような世界観。そこはかとないバッドエンドばかりで、私も芥川龍之介の「藪(やぶ)の中」などを思い起こした。

 北里: 全作共通するのは出会いと別れ、裏切り裏切られる人間の業。ダークな味付けの現代的説話集で読み応えはあるが、能の演目の翻案短編集など澤田さんのような手だれには、習作の範囲にも思えた。

 -同じ歴史小説の書き手の今村翔吾さんは?

 佐々木: かつて村上春樹さんが「壁と卵」の卵の側に立つと言ったのと同様、今村作品の主人公は権力(固い壁)の側からみると悪とされてしまう、大きなものに踏みにじられようとする個の側に立つ。今回は、歴史の勝者の視点からは大悪党として語られてきた松永久秀を卵の側から描く。

 藤原: 「人間」を「じんかん」と読ませたタイトル通り、生き馬の目を抜く戦国期をしたたかに生きた人たちを生き生きと描く。聡明(そうめい)で自らの信念に殉じた久秀は文句なく格好いい。

 野中: 裏切りを重ねたとされる武将が、実は文民統治を目指していたという解釈が面白い。多くの作家が作品にしていて新しさを出すのが難しい戦国時代をあえて選び、信長を語り手にして直球勝負に挑んだ著者の意気込みを買いたい。

 内門: 確かに信長が語られる側ではなく、語り手というのは斬新だった。

 北里: 新しい資料を駆使して、歴史上の有名人の人物像を一新するのは最近の歴史小説の流行り。こうした手法なら、過去3度の候補で、まだ受賞に届いてない木下昌輝さんのほうが一枚上手ではないか。いくら久秀が「善人」でも、最後の謀反を起こす理由は説得力に乏しい。

 -3度目の候補の伊吹有喜さんは?

 佐々木: アーツアンドクラフト運動や民芸運動から続く、ものづくりへの誠実さや丁寧さ、作り手の気概などが描けていた。ただ、家族とわかりあえず孤独感を抱えた登場人物たちの成長と再生の物語自体には目新しさはない。

 北里: 民芸の世界観や工芸の勘所がきちんと描かれ、単なる青春小説ではなく美術小説でもある。気持ちのすれ違いが家族の亀裂を広げる様子、それが紡ぎ直されていく展開も誇張がなく、心地よく読めた。

 平原: 親と子、夫婦間の葛藤などの描き方は丁寧。ただ、ホームスパンという工芸の味わいや魅力の描き込みは物足りなかった。

 藤原: 透明感のある筆致は若い人に好まれそう。「軽い」と評価される可能性もある。母親のキャラが強烈な一方、祖父は理想的に描かれすぎな気がした。

 野中: 若者が地方を見直し、移住するのが最近の流れ。彼らが地方の何に魅了されているのかが分かり、まっすぐな筆致がコロナ疲れの心を癒やした。

 -初候補の遠田潤子さんは?

 北里: 田舎のしょうゆ蔵を舞台に、数世代にわたる家族が因果を繰り返す大河ドラマ。座敷童の正体がわかる中盤からの伏線の回収も見事だった。登場人物も単純な善人悪人を作らず、みんな心のどこかに傷を負った人間関係に落とし込み、深い余韻につながった。

 平原: 料理好きで窃盗癖のある母親が印象的だった。他の登場人物も、それぞれ生きづらさや過去を抱えながら関わり合う共同体の描き方に愛情を感じた。

 佐々木: 伝統的な「家」を基盤とする共同体で、血縁に固執せずに自ら選んで家族を築いて幸せをつかむ物語は、旧来の日本的な家族感と新しい家族の形がせめぎ合う現代と響き合う。

 内門: 岩手が舞台の伊吹作品には宮沢賢治的なファンタジーを感じたがこちらは柳田国男か。血縁にこだわらず共同体を築いたとされる日本的イエ社会をうまく作品化した。「銀花や多鶴子は白黒テレビだが、桜子はカラーテレビだった」とか「内藤やす子『弟よ』の人」とか、登場人物の輪郭を個性的な表現で簡潔に記すのも実にうまい。

 -ずばり受賞は?

 藤原: 伊吹さんと遠田さんの「家族もの」の一騎打ちか?

 北里: 壮大さでは遠田さんだが、過去の候補作を上回る代表作を出せた伊吹さんを推したい。

 内門: 作品単体では遠田さん。直木は実績を加味することもあり、馳さん、澤田さんが対抗か。

 野中: 甲乙付けがたく、候補回数の多い馳さんと澤田さんの同時受賞。

 佐々木: 遠田さんか今村さんか。両作とも、生きづらさを感じる人たちの叫びを代弁し、人を「動かす」言葉に満ちていた。

 諏訪部: 遠田さん。今回は遠田作品の多鶴子や今村作品の松永久秀のように暗い過去を誰にも言わないまま、誤解されてもそれを正さず生きる人の姿が印象に残った。今はネットで簡単に反論できるが、逆に誹謗(ひぼう)中傷にもさらされやすい時代。あえて黙して自制した生きざまがりりしかった。

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