起きたら床上5センチ…豪雨が聞こえぬ恐怖 聴覚障害者、募る不安

西日本新聞 くらし面 三宅 大介

 頻発する豪雨災害に、聴覚障害のある人たちが不安を募らせている。聞こえないため夜中の集中豪雨に気づきにくいほか、配慮が行き届いた避難所は少なく、コミュニケーションを仲立ちする手話通訳の確保も難しい。「情報保障」と意思疎通支援に向け、遠隔手話サービスなど官民で新たな試みも始まっている。

 側溝から水があふれ、路上は濁流のようになっていた。6日、ろう者の池田俊之さん(38)=福岡県久留米市田主丸町=は自宅アパート1階の窓から、何度も何度も外を確認した。

起きたら床上5センチ

 忘れもしない昨年8月末。同じ町内の、巨瀬川により近い別の賃貸アパート1階で1人暮らしだった。夜中の豪雨を知らず、朝6時に起きると玄関から水が入ってきた。みるみる床上5センチまで上がり、息をのんだ。

 窓の外を見ると、消防士が2階に向かい、拡声器で何か呼び掛けていた。知り合いの2階の住人が伝えてくれたのか、やって来た消防士から手招きされ、2階に逃れた。その後は近くの病院に避難。消防士がボートで送ってくれた。

 当時のアパートは新築だったものの、引っ越しを余儀なくされた。昨秋、川から離れた今のアパートに移った。「災害の時はやっぱり助けがほしい。でも筆談は苦手だし、近所の人に何か求めるのも気が引ける」と池田さん。同じアパートでも、自分がろう者だと知らない人もいる。

 同じくろう者の50代女性=同市北野町=は、聴者の30代の息子と一戸建てに2人暮らし。一昨年も氾濫した陣屋川は目と鼻の先。7日朝からの大雨で床上近くまで水が入り、午後に停電。2人で近くの小学校体育館まで、初めて避難した。

 太ももまで泥水につかりながらたどり着いた。手話ができる近所のなじみの人は、川が増水して避難所に来られなかった。意思疎通しようにもコロナ禍でみなマスクを着けており、読唇は無理。暑さなどで寝苦しく「お願いしたいこともなかなか伝えられなかった」。結局、1泊で帰宅した。

 「今回は息子がいたけど、1人だったらたとえ食事のアナウンスがあっても分からないし、掲示もないし…」。災害ごみの片付けや罹災(りさい)証明など、通訳者がいなければ不便な手続きもあり「必要なときに通訳者がいてほしい」とこぼす。

原則平日受け付け

 久留米市ろうあ協会によると、市内の聴覚障害者は会員だけで約100人。家族全員がろう者の人もいて、非常時は手話通訳のニーズが高まる。だが市から委託を受け、手話ボランティアを派遣している「久留米手話の会」副会長の切通義和さん(47)は「すぐに動ける手話通訳者は、普段から少ない」と指摘する。

 自身も含めて市内の登録者は約20人。昼間は仕事などに従事している人も。通訳が必要な場合は市に事前申請する仕組みだが、受け付けは通常、平日の日中のみ。「そもそも災害時は地元の通訳者も被災者となる」ため緊急対応は厳しい。

 こうした災害時の人手不足解消に、手話の会などのネットワークを通じ、県をまたいで通訳を募り、現地に入ることもある。実際、一昨年の西日本豪雨では、広島県ろうあ連盟が手話ができる災害ボランティアを募った結果、全国から140人以上の有志が集まり、3カ月にわたって被災地支援を行った。

 ただ今年はコロナウイルスの影響で域外からのボランティア自体が規制された。「万が一のためにも、ろう者一人一人が普段から地域の中にできるだけ顔を出し、簡単な手話でもできる人が近くに住んでいないか、互いに把握しておくことも大事では」(切通さん)

遠隔サービス模索

 注目されるのが遠隔手話サービス。スマートフォンなどからテレビ電話で手話ができるオペレーターにつなぎ、画面を通して通訳してもらう仕組みだ。国はコロナ禍も踏まえ、6月の補正予算で都道府県に対し、サービス導入の際の経費を補助する事業を創設するなど、後押ししている。

 今回の7月豪雨では、聴覚障害者向けの情報通信サービスを手掛ける「プラスヴォイス」(仙台市)が9日から、24時間無料の遠隔手話サービスを期間限定で始めた。東日本大震災でこうした支援を行った経験があり、社長の三浦宏之さん(57)は「避難所で情報が届かず困っている被災者を支えたい」と話す。通訳スタッフ2人が待機するが、常時対応の課題はやはりマンパワー。「各地の手話ボランティアと連携して対応する仕組みなども検討していきたい」と意気込む。

 非常時にこそ浮き彫りになる「障壁」の解消が急がれる。

(編集委員・三宅大介)

PR

くらし アクセスランキング

PR

注目のテーマ