お世話は「気づき」が大事 連載・霹靂の日々【33】大島一樹

西日本新聞 くらし面

 その頃も今も、私が入院中のオクサンにやっているリハビリなどは、当然ながら正式なものではありません。理学療法士などの資格も、看護師資格もありません。義母は准看護師の資格を持ち前に病院で仕事をしていましたが、それでも医療行為などを行えるわけではないのです。ただ私としては「やってもらえないのであれば自分でできることを」という気持ちでした。

 なので初めは恐る恐る少しずつ。しかしやっていくうちに「他人にするわけではないし、病院ができないことをフォローしている」。そんなふうに思えてきました。お見舞いに行って、ただ単に話し掛けて数十分コミュニケーションする-。それだけでは、オクサンの回復には程遠いから、という考えでした。

 病院でしていただいているのは全身を拭いてオムツを交換する「清拭(せいしき)」を1日2回。全介助の入浴は週2回。たくさんの患者さんを、流れ作業的にされています。当然「かゆいところに手が届く」ケアは難しい。

 またオクサンは胃ろうの造設をしていますので、そこからの水分や食事の注入と、さらには食事後の口腔(こうくう)ケアという歯磨き作業。これらも1人当たりにかける時間はとても短いのです。

 自分が入院している立場だったら「こうしたい、こうしてほしい」は、本当にたくさんあるなと気づきました。どこまでやるか、それは気づくかどうかが問題なのです。

(音楽プロデューサー、佐賀県みやき町)

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