あの日、何を報じたか1945/7/19【戦意昂む映写隊 焦土や職場へどしどし出動】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈敵の無差別暴爆は生産面の破壊と同時に精神的な国民戦意の爆砕を狙う戦略的なものであり今後ますます激化の情勢にある。福岡県ではそれに備え戦災地はじめ工場、農村にゆるぎなき必勝の戦意を振起昂揚するためニュース映写場の開設、ニュース映画の移動映写、新聞人をもってする報道隊の派遣の組織的計画を立て、早急にこれが具体化をはかることとなった〉

 全国のどこかで必ずといっていいほど空襲があっていた大戦末期。この日の紙面を見ても、茨城、千葉、栃木、群馬、埼玉、神奈川の各地区を米軍の艦載機が攻撃したこと、関門海峡にB29が機雷を投下したこと、宮崎、鹿児島県内で米軍機が地上に銃撃したことなど、被害は枚挙にいとまがない。

 そんな中での「映写隊」が果たす役割は戦意の高揚にほかならない。ただ市民が読む新聞にその狙いそのものが隠されもせず書かれていることに、政府とメディアが一体となって国民を戦争に駆り立てた時代の空気が強くにじんでいる。具体的な方針が、続いて記されている。

 〈ニュース映写場 戦災都市で従来の映画館に代わるものとして適当な場所を選び(中略)ニュース映画四週分ぐらいをまとめ一回一時間前後の時間で上映する。ニュース館の建設については建築課に依頼、早期に完成させる〉

 〈ニュース映画の移動映写 県下各地を巡回上映させる。(中略)特に特攻隊の出撃場面などのフィルムを加え、戦災地や農村の撃敵の戦意に感奮的拍車を加える〉

 〈新聞報道隊の派遣 在県各新聞社に「口伝報道隊」の結成を慫慂(しょうよう=勧めること)(中略)単に空襲下におけるメガホン的口伝のみとせず、常時宣伝報道に任ずる機構に強化し刻々の戦局、社会情勢に即応、県と一体となり講演、座談会、常会などに各社を通じて派遣、全県民に指導的な戦意の昂揚に努める〉

 多様な手段で情報が発信される現代とは全く異なる環境。メディアが統制されること、そして多くの生活や命が失われることは「平常」になっていた。(福間慎一)

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