被害者報道を見つめ直す 京都アニメーション放火殺人事件1年

西日本新聞 梅沢 平 木村 知寛 古川 大二 森 亮輔

 36人もの命が奪われた京都アニメーション放火殺人事件から18日で1年。事件では多くの遺族が氏名を公表しないように求め、インターネットを中心に実名を表記した報道機関への批判が湧き起こった。真実の究明や歴史に刻むとの意義を主張しても、ネットや会員制交流サイト(SNS)の発達もあり「さらされる」との受け止めが広がる。集団的過熱取材(メディアスクラム)など取材のあり方に厳しい目が向けられ、報道後の責任をどう取るのかという根源的な問いもある。事件・事故は一つとして同じものはなく、被害者や遺族の置かれた状況と考えもさまざま。悲しむ人が生まれない社会へ、痛みに寄り添い、伝えるにはどうするべきか。事件・事故と人権、そして報道のありようを見つめ直したい。4組の遺族の思いを聞いた。

息子の命「35分の1」ではない

京アニ事件犠牲者の父・石田基志さん

 京都アニメーション放火殺人事件で犠牲になった福岡県出身の石田敦志さん=当時(31)=の父基志さんは昨年8月、一度限りを条件に京都市内で記者会見に応じ、実名報道を了承した理由について語った(当時の死亡者は35人)。基志さんの承諾と、京都新聞の協力を得て会見内容を詳報する。

     ◇     ◇

 いろんなお考えがあると思います。私もいい年した男が涙ながらにお話しさせていただくのはそんなにかっこいいとは思わない。あえてこの場に出させていただいたのは、京アニのクリエーターは本当に手前みそではないですが、選ばれた方々です。みんな希望と誇りを持って毎日仕事をしていたと思う。

 それぞれの名前をお持ちで、私の息子も石田敦志という名前を持っています。それが35分の1で果たして、本人たちはそれでいいのかなと。これは他の方々への批判ではない。私の偽らざる思いを言わせてもらっている。決して35分の1ではない。

 クリエーターにはちゃんと名前があり毎日頑張っていた。そういった人たちに、残った者ができることはやはり、そこで頑張っていたんだ、ということを多くの人に記憶していただく、覚えていただく、忘れないでくださいと言うしかできないと思う。そういった思いから、かなり自分としてはしんどい時期ですが、あえてこういう場に出させていただきました。

 人は一度は誰でも旅立たないといけない。人との別れは本当につらい。どういった別れ方でもつらいと思う。しかし、何が一番つらいか。順番が違うことが最も不幸なことだ。そういった意味で、いろんな方がいろんな思いでいらっしゃるでしょうけど、少なくとも私自身、石田敦志の名前を、これは石田敦志だけではありません。今回理不尽な被害に遭った皆さん個々の名前を長く残してほしい。

 名前を出さないでください、という方々がたくさんいらっしゃる。その気持ちは痛いほど分かる。だけども、あえて私の考えを述べると、残ったわれわれは頑張りたいな。私どもの家族は言っている。他の家族にそうしてくれというものではない。私どもの家族はそう話し合っている。いろいろなバッシングがあるかもしれないが、それでも石田敦志の名前を出したい、それが私どもの一番の思いです。

実名公表「闘う覚悟できた」

池袋暴走事故で妻子が犠牲になった松永拓也さん

 冷たい妻子の手を握り、誓った。「同じ思いを誰にもしてほしくない」-。昨年4月に東京・池袋で起きた高齢運転者の暴走事故で松永拓也さん(33)は妻真菜さん=当時(31)=と、長女莉子ちゃん=同(3)=を亡くした。直後から記者会見やブログなどを通じて事故防止を訴え続け、一周忌を前に公表していなかった名前も明かした。

 「私の名前は松永拓也です。事故当初から今まで下の名前は公表しませんでした」。事故から1年を前にした4月16日、動画投稿サイトユーチューブ」で語った。

 昨年4月19日に起きた事故は報道で瞬く間に全国を駆け巡った。妻子の名とともに。「あっ、もう出ている」。頭の中が混乱した。

 葬儀までの5日間、無残な姿の2人と過ごした。写真の提供、コメント…。弁護士を通じ報道機関の要望が来た。「恥ずかしがり屋の真菜は嫌がるな」「社会が現実の問題として2人の死を受け止めてほしい」。1人悩み抜いた。葬儀に集まった親族に「写真を公開していいですか」と頭を下げた。

 会見では、家族写真を携え訴えた。「必死に生きていた若い女性と、たった3年しか生きられなかった命があったということを感じてほしい」。自身の名は明かさなかった。3人のささやかな未来を描いてきた会社員には、顔を出すのも「恐怖に感じた」。

 会見を見た別の事故の遺族が「支援団体と一緒に活動しても、しなくてもいいよ」と連絡をくれ、「真っ暗になった目の前に道ができた」。

 7月から加害男性への厳罰を求める署名活動をした。マスコミが「拡声器」となり思いは広がった。全国から手紙約1万通が届いた。再発防止を願う声や親の運転に悩む思いが住所や氏名とともにつづられ、突き動かされた。

 「1年という猶予が心の準備期間になった」と名前も公開。裁判も見据え「闘っていく覚悟ができた」。

 それでも同じ話を何度もして、思い出し、涙に暮れる。正直、きつい。「公にすることが正義とも正解とも思わない」。名前を出す出さない、いつにするか。遺族に少し選択の余地があれば、と思う。

 交通事故は昨年約38万件発生し、3215人が命を落とした。遺族の声が取り上げられるのは一握り。「愛する人を亡くしたことに変わりはない」。その人たちの分まで自分が拡声器になりたい。

(梅沢平)

理不尽さ分かってほしい

北九州市と福岡市の未解決2事件の遺族ら

 愛する家族を事件で奪われ、未解決のままになっている遺族の中には、前面に出て情報提供を呼び掛ける人がいる。時を経て、遺族たちは「犯人を捕まえてほしい」と、自らの名前も公表した。

 カメラを抱えた記者が自宅に押し寄せ、8歳と4歳の孫はおびえた。「取材なんて、とんでもないって。ただただ嫌でしたね」

 2001年6月に北九州市若松区の自宅で娘の関岡晴美さん=当時(34)=を殺害された永野弘子さん(76)は当時を振り返る。4歳の孫は変わり果てた母親の第1発見者でもあった。2人の孫は永野さんの足をつかんで離さなかった。「守るため、必死だった」。一切の取材を拒んだ。

 娘夫婦の仲を詮索する噂(うわさ)が飛び交い、「あそこの子はね」とささやく人もいた。小学生だった孫は体調を崩し、保健室に駆け込んだり、帰宅中に倒れたりすることもあった。

 事件翌年、関岡さん名義のクレジットカードで現金自動預払機(ATM)から現金が引き出されていたことが明らかになったが、「犯人逮捕」の連絡は届かない。「警察だけに頼っては解決しない」。11年に犯罪被害者の支援団体に参加して考えが変わった。「私が闘わないと誰も助けてくれない」と活動を始めた。

 何度も顔を合わせた記者との信頼関係も深まっていた。「娘は良い縁を残してくれた」と思った。成長した孫も「頑張って」と背中を押した。

 これからも娘の名を、自身の名を、語っていく。「名前を出すことは相応の覚悟がいる。娘の生きた証しを伝え、名誉を回復してあげたい」。そうしないと、犯人の心にも刺さらないと信じる。

 01年2月に福岡市東区に住む父の金丸金次郎さん=当時(81)=と母の愛子さん=同(73)=を殺害された藤堂早苗さん(65)=千葉県=は、テレビのニュースが報じた両親の顔写真を見て、事件を知った。

 「なんとか犯人を見つけて」。すがる思いで、10年9月から自身の顔も公表して取材を受け続ける。「理不尽な殺され方をしたことを、世間に幅広く知ってほしい」

(木村知寛、古川大二)

被害者支援、社会全体で

元警察大学校長の京都産業大教授・田村正博氏

 警察は事件や事故で被害者が死亡した場合に公益性を理由に実名発表してきた。被害者の権利や尊厳を重んじて、警察はより丁寧に遺族側の意向をくむことが求められている。実名発表は、予期せぬ取材対応などを強いられる遺族らの不利益を上回るだけの公益性があるかどうか厳しく問われる時代だ。

 マスコミが実名で記事を書き、真実に近づきたいと主張するのは当然だ。ただ、実名報道の意義が理解され、警察が実名発表することへの誰もが納得できる必要性や理由を報道機関が示せていないのではないか。

 被害者側とマスコミの間に警察が入り、匿名発表すると「警察が何か隠している」と思われる。望ましいのは、民間の被害者支援団体の弁護士ら専門家が仲立ちすることだ。団体の多くは遺族たちが手弁当で運営し、支える仕組みが十分とは言えない。被害者側は選択肢が限られ、実名発表を断るしかなくなる。

 犯罪被害について「無関係」と受け止める人もいるが、誰がいつ被害に遭うか分からない。社会全体で被害者や団体を支える必要がある。実名報道を堅持するのであればマスコミも団体の育成に積極的に協力する必要がある。

(森亮輔)

<記者ノート>原則実名 模索続けながら

 1980年代後半以降、犯罪被害者や遺族らへの報道機関による取材手法が「メディアスクラム」「プライバシー侵害」と批判され、社会問題になった。松本サリン事件では警察情報をうのみにして被害者を犯人視報道し、東京電力女性社員殺害事件では被害女性の私生活を巡る報道が過熱。厳しい視線が注がれた報道側は変化を迫られた。

 日本新聞協会は2001年、被害者側の心情に配慮するメディアスクラム防止策を発表した。その上で、06年にまとめた「実名と報道」で事件事故報道は関係者や地域と悲しみ、怒りを共有し、教訓をくみ取る「歴史の記録」であると明示。原則実名報道を掲げた。

 ただ、報道の現場では各社が事件事故の内容に応じて実名か匿名かを判断し、被害者側に配慮した取材方法を取り入れている。

 京都アニメーション放火殺人事件では、京都府警記者クラブが遺族の意向を確認した上で、代表社が取材した。新聞協会は6月、代表取材などを通じて被害者らの負担軽減に努めるとする加盟社の申し合わせを発表した。

 警察庁も1996年に被害者支援を「本来業務」と位置づけ、専門部署を設けるなどの要綱を策定した。2005年施行の個人情報保護法は報道活動には適用されないが、政府の犯罪被害者等基本計画は被害者を実名・匿名にするかの判断は警察に委ねると規定。近年は、情報が拡散しやすいインターネットの影響もあり、警察が匿名を求める被害者側の意向を重視するようになっている。

(森亮輔)

【京都アニメーション放火殺人事件】昨年7月18日午前、アニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオ(京都市伏見区)から出火し、建物内にいた社員70人のうち36人が死亡、33人が重軽傷を負った。京都府警が5月、殺人や現住建造物等放火などの疑いで、大やけどを負って入院していた無職青葉真司容疑者(42)を逮捕。事件当時の精神状態を調べることが必要と判断され、9月10日までの期限で鑑定留置されている。

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