異変が“スイッチ"犠牲者ゼロ 全27戸水没した熊本・球磨村の茶屋集落

西日本新聞 社会面 山本 諒

住民ら声掛け合い高台へ

 熊本県南部の豪雨災害で、全27戸が水没しながら一人も犠牲者が出なかった集落がある。氾濫した球磨川沿いの球磨村渡地区茶屋集落。川とJR肥薩線の線路に挟まれたくぼ地に位置し、過去に何度も水害に見舞われた土地だ。住民が共有する経験則は「2階まで水は来ない」。だがその日、住民たちは高台を目指した。避難判断の“スイッチ”となったのは見慣れた水路の「異変」だった。

 4日午前3時ごろだった。降りしきる雨の中、集落の班長を務める山口敏章さん(73)は、水路があふれそうになっていることに気付いた。「本流に水を流すポンプは動いていたが、排水が間に合っていない」。異変の始まりだった。

 この集落では大雨時、まず車を高台に移動させるという。車が水没して故障すれば、不便を強いられることを経験上知っているからだ。この日も、多くの住民が車の移動のため一度は外に出た。これが奏功した。

 山口さんが身の危険を確信したのは午前4時ごろ。車を移動させ、自宅に戻った時だった。「ザブッ、ザブン」。水路から、黒っぽく濁った水が大量にあふれ、集落内に向かって流れ出していた。

 初めて見る異様な光景だった。山口さんは危機を察知し、妻のサヨさん(71)と共に近隣に避難を呼び掛けた。独居の高齢者の親族に電話をかけ、「2階にいるから大丈夫」という住民は説得して外に出した。午前6時ごろ、集落は球磨川の濁流にのまれた。

 線路沿いに自宅があった中神ゆみ子さん(70)も、水路の異変に気付いて逃げた一人。「ここの住民は危機意識が強いから早く逃げられた」と振り返る。

 中神さん自身、普段から水害への警戒を忘れない。自宅のコンクリートの基礎や壁に、1965年以降の洪水の浸水深を黒いペンで記録してきたほどだ。

 だが、その記録のほとんどは濁流が押し流した。残るのは、基礎部分の地面から高さ約20センチに書いた「H18・7・22」との日付とラインだけ。

 その代わり、手帳に記憶と記録を書き留めている。あの日、7月4日の欄には「何もかも想(おも)い出が流された日」と記した。中神さんは言う。「安全じゃない場所だというのは分かってる。でも、またここに戻りたい。子どものころから親しんだ球磨川のそばに」。古里の再生を信じている。

(山本諒)

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