福岡大空襲乗り越え…「吉村家住宅」国有形文化財に 福岡市

西日本新聞 ふくおか都市圏版 前田 倫之

焼夷弾不発…「家残り運命的」

 国の文化審議会が17日に答申した国登録有形文化財(建造物)に、福岡市から中央区谷2丁目の吉村家住宅の主屋、旧納屋、便所・風呂棟、井戸屋形の4件が選ばれた。所有者の吉村美恵子さん(85)によると、1945年6月19日の福岡大空襲で六本松周辺が焼け野原になる中、家の敷地内に落ちた焼夷(しょうい)弾が不発だったため難を逃れたという。吉村さんは「武家屋敷の面影を残す大切な家と豊かな緑、静かな環境を将来に残したい」と思いを語った。

 吉村家住宅は、福岡市の都心部にありながら緑の多い閑静な住宅街にある。一帯は福岡城の南に連なる丘陵地帯で、江戸時代には下級武士の居住地で浪人谷と呼ばれていた。

 25年築造の木造主屋は、書院造りの10畳の座敷があり、建具を開けると庭園の景色が室内に取り込まれる。旧納屋、便所・風呂棟、井戸屋形は付属建物としてそれぞれ独立して配置される。吉村家住宅は近世の武家住宅を元に発展した近代の都市住宅と評価された。

 現在、住宅には主屋を建てた吉村家7代目の孫にあたる吉村さんが1人で暮らす。大空襲当時、小学生だった吉村さんが自宅にいたという。突然ごう音が響き、振動で建具が倒れ、外に出ると家の石垣付近に大きな不発弾が転がっていた。急いで敷地内の防空壕(ごう)に家族6人で避難。爆音がやんでから街を見下ろすと至る所に火の粉が舞い、空を赤く染めていた。「爆発してたら家は残ってなかった。家が今も残されたことに運命的なものを感じる」

 吉村家住宅は一般公開していないが、年2回ほど町内会の集会などで利用されている。市文化財活用課の松本真人課長は「こうした住宅は空襲や都市開発などを受けて現存する物が少なく貴重。当時の文化を知ってもらう良いきっかけになれば」と話した。

(前田倫之)

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