敵機来寇・今や遅しと待つ【軍国少年日記】

西日本新聞

八月二日(木)晴後曇

 今日は養生のためけっせき

 母はぴるから買ひ出しに行ったので、一人でぼんやり一日をすごした。きのふよりは力が出る。今日は、ほんとうに久しぶりに警戒が少なかった。

 くにたけさんから「街角の理科研究」をお借りした。

 二十三時警戒警報

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 【注釈】1945(昭和20)年8月2日の西日本新聞には、西部軍管区司令官のラジオ放送内容が掲載されている。見出しは「敵機らいこう・今や遅しと待つ」「未曽有の国難に奮起も未曽有」「九州に一千萬特攻隊員」。未曽有の国難にどう対処すべきか、答えは「簡単である」として、「国民の奮起また未曽有なるべし、これだけである」と述べている。

 また、鎌倉時代のげんこう(文永・弘安の役)を例えに、日本が勝利したのは「神風か、神風のみではないと私は思う」として「防衛が強かったからだ」と主張。「われらは死んでも死んでも死んでもやる。七度どころか八度、十度、百度でも生まれ変わり、死に変わり、何度までもやる」と戦意を鼓舞している。

 ※福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(89)が14歳だった1945年に書いた「軍国少年日記」を、できるだけ原文のまま掲載しています

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