大あはてにあはてゝ用意。敵機は北九州に侵入【軍国少年日記】

西日本新聞

八月五日(日)晴

 おきなわ方面の暴風が片付くと、また再び敵機は九州へやってくる。これから又しょっちゅう空襲があるだらう。

 今日は休みである。

 うちのトマトは、もうはなくなってしまった。今年は、どこの家でもトマトは青枯れしてしまって、大変成績が悪い。うちのも同じである。とうもろこしは、もう實をつけ始めた。かぼちゃは、だいたいのところ、よくて、たくさん實をつけた。やっぱり、うちで作ったものがよく出來て、實をたくさんつけるとたのしい。南瓜は一週間くらい前に野菜が一つもなくなったので、青いのを一つとってたべた。にんじんは、まだ小さくて食べられない。里芋は葉ばかり大きくなって、鹿みたいだ。一体、芋はついてゐるだらうか。十二時十五分、警戒警報と同時に、大型機と思はれる飛行機が二十四・五機、高度六千にて南進した。しかし、そのことに関しては情報はなにも入らなかった。でも、あの音、キラキラする光り方なぞ、B29そっくりだった。

 晩ねて、うつらうつらしてゐた時、情報注意警報が鳴ったので、ラヂオをかけてみると、「情報によれば、B29およそ五百ない六百機は、本日午後、グアム島基地を出発せり。本土到着は二十二時前後とはんだんせらる。北九州要地特にげんかいを要す」といったので、びっくりして、大あはてにあはてゝ用意をした。敵機は分れて北九州要地に侵入した。又佐賀平野にも三十機來たが、久留米は安全だった。敵機は十回位、頭上を通ったが…。

 松本さんのところに、本を風呂敷四つもって行く。

 晩は敵機が來さうだったから、松本さんにてんしゃをあづけた。

 今日から、大家さんは、僕のうちの裏門に面した所に、物入れを作り出した。

 〇時半警戒警報

 九時四十五分警戒警報

 十二時十五分警戒警報

 二十一時情報注意報、後二十四時空襲警報

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 ※福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(89)が14歳だった1945年に書いた「軍国少年日記」を、できるだけ原文のまま掲載しています

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