あの日、何を報じたか1945/7/26【結実近し「新兵器」 殺気漲る九大科学陣】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈砲煙なき戦いは昼も夜も研究室に続けられている。ひとたび驕慢の敵、土足を本土にかけんか、営々として築き上げられた科学の粋は、米兵の頭上に驚異と恐怖の新兵器を現出するだろう。ここに九大科学陣営の人々は国土防衛の精根をこめて今日も明日も実験室に血走った目をさらしている〉

 記事に添えられた写真にはいくつものフラスコ。説明文には「実験室で敢闘する奥野教授」とあるが、名字のみで名前はない。

 写真からは化学兵器を想起するが、何を研究していたのか。肝心な部分はすべて「○○」と伏せられているそのくだりは、こうだ。

 〈その中に英京ロンドンっ児を神経衰弱にしたドイツのV1号よりもさらに威力を持ち、しかもV1号のような製造の困難がなく、多量に簡単に作れるという化学薬品によるロケットがある。このロケットを応用した○○は上陸敵軍の頭上に殺到し、日本本土蹂躙の野望を無残にたたきつぶすだろう〉

 V1はドイツ軍が使用したロケット爆弾で、ロンドンに向けて多数発射された。「神経衰弱」とは「恐怖に陥れた」という文脈とみられる。記事は〈対戦車○○兵器はドイツのげんこつにも増した猛威を振るって敵戦車を殲滅するに違いない〉〈敵艦が本土海面に近接すれば鋼板で作られた○○兵器がイナゴの大軍のように襲いかかり一挙にして海底に葬り去るのだ〉--と続く。化学兵器ではなく、推進力や爆発力を向上させた「新兵器」だったのかもしれない。

 〈必ずや近き日に九大の科学教室から新兵器は飛び立つだろう〉と大きな期待を込めた取り組み。実現に向け、組織再編の問題など諸般の対策を検討する初会合が7月26日から開かれることを紹介して記事は締めくくられている。

 終戦はこの二十日後。「新兵器」が日の目を見ることはなかっただろう。(福間慎一)

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