平野啓一郎 「本心」 連載第311回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 そして、彼は自分の犯行を反省しているのだろうかという疑問を抱いた。僕は彼が、最後には、倫理的な葛藤の末に、暗殺を思い止(とど)まったという一点に於(お)いて、友情を維持するつもりだった。しかし、「間違ってたと思うか?」というのは、僕の理解とは逆に、暗殺計画自体のことではなく、それを踏み止まったことを言っているのだろうか。つまり、テロは実行すべきだった、と。

 彼はそして、やはり、VF(ヴァーチャル・フィギュア)の“指導者”に、ただ欺(だま)されていたのではなかったのだろうと、僕は感じた。

 僕は、不穏な動揺に見舞われたまま、立ち上がりながら、

「刑務所に行っても、また、面会に来るから。」

 とだけ告げた。しかし、岸谷は、

「ああ、……けど、もう十分だよ。ありがとう。お前はやっぱり、俺とはもう、関わらない方がいいよ。……ちょっと、違う気がする。」

 と言い残して、振り切るような態度で、係員と一緒に退室してしまった。

 僕は、彼の犯罪者然とした態度に遠い隔たりを感じた。それでも、彼こそやはり、「いいヤツ」なんじゃないかという思いを捨てきれなかった。

 

 小菅をあとにしてからも、僕は電車に揺られながら、岸谷とのやりとりのことを考えていた。

 「俺は、今でもおかしいと思ってるよ、今の世の中。……同じ人間として生まれてるのに、こんなに格差があっていいはずない。」というのは、まったくその通りだった。

 僕は、母の心を、飽(あ)くまで母のものとして理解したかった。すっかりわかったなどと言うのは、死んでもう、声を発することが出来なくなってしまった母の口を、二度、塞(ふさ)ぐのと同じだった。僕は、母が今も生きているのと同様に、いつでもその反論をこそ待ちながら、問い続けるより他はなかった。歳(とし)を取るにつれ、理屈を越えて理解できるようになる心境も、恐らくはあるはずだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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