武漢、公表半月前に異変 闇診療所に患者の列拡散か

西日本新聞 国際面 川原田 健雄

 新型コロナウイルスの集団感染が世界で初めて起きた中国湖北省武漢市。中国政府は半年前の1月23日、人口約1100万人の同市を封鎖して感染を抑え込もうとしたが、ウイルスは瞬く間に世界にまん延した。コロナ禍は武漢でどう広まっていったのか。7月上旬に現地を歩くと、その実情が見えてきた。

 市中心部の漢口駅近くに、感染の“震源地”はあった。発症者の多くが働いたり、訪れたりした華南海鮮卸売市場。1月に閉鎖され、青いバリケードで囲まれていた。隙間からのぞく内部はごみが散乱。海産物の腐ったような臭いが漂う。

 市場から約500メートル東に古いアパートや売店が密集する居住区があった。家賃は月400元(約6千円)程度。主な住民は出稼ぎ労働者で「海鮮市場の関係者もたくさん住んでいた」と50代の男性住民は話した。

 この街で異変が起きたのは昨年12月中旬。発熱やせきの症状を訴える人が居住区内の診療所に詰め掛け、路地まで長い列を作った。「朝から夜まで20人近くが並んでいた。海鮮市場の人もいた」と60代男性は振り返る。

 複数の住民によると、その診療所は2、3年前に開業し、当局の許可を得ていない「闇診療所」だったという。正規の病院では何時間も待たされるが、低収入の出稼ぎ労働者は簡単に仕事を休めない。100~150元(約1500~2250円)を払えば、すぐに点滴を打ってくれる診療所は住民たちに欠かせない存在だった。

 ただ、今冬は点滴を打っても体調が戻らず「なぜ治らないのか」と抗議する人も少なくなかった。診療所で点滴を打った女性は「風邪だと思っていた。診療所も深刻な病気とは思っていなかったはず」と話した。

 武漢市は12月31日になって初めて「原因不明のウイルス性肺炎の発症が27人に確認され、7人が重症」と集団感染の事実を公表した。中国メディアによると、27人の一部はその診療所の患者で、残りも多くは地域の診療所を受診していた。1月1日の海鮮市場閉鎖以降、周辺の診療所も当局の指導で閉鎖されたが、専門医のいない診療所で感染者が見逃され、貧困層にウイルスがまん延した可能性は否定できない。

 地元当局によると、この居住区で2月末までに30人が感染し、3人が死亡した。60代男性は「診療所に連日並んだ人数を考えると、感染者は数百人はいたんじゃないか」と推測した。

   ◆   ◆

 「こんな重大な病気なら、政府はなぜ早く市民に知らせなかったのか」。海鮮市場から約6キロ北東に位置する巨大団地「百歩亭」。60代の男性住民は怒りをにじませた。約13万人が暮らす百歩亭は1月18日、春節(旧正月)前の恒例行事「万家宴」を開催。住民約4万人が集会施設などに集い、手作り料理を持ち寄って歌や踊りを楽しんだ。

 その後、団地内ではせきや発熱の症状を訴える人が続出。大規模行事が感染拡大に拍車を掛ける形となった。男性は「病院に行けず、団地の路上で倒れて死んだ人もいた。ウイルスの怖さを分かっていたら中止にすべきだった」と憤る。

 中国政府の専門家グループは1月9日に新型コロナウイルスの検出を明らかにしたが、政府の動きは鈍かった。「人から人への感染」が公表されたのは10日余りたった20日。習近平国家主席は同日「感染まん延の阻止」を指示し、23日には武漢市全体を封鎖する異例の措置に踏み切った。しかし、春節を2日後に控え、既に約500万人が帰省や旅行で武漢を離れていた。

 「早く警告すればここまでひどいことにはならなかった。全部政府が悪い」。武漢市内に住む60代男性は語気を強めた。友人や近所の知り合いが感染して亡くなったという。家族が感染し、後遺症に悩む女性は「言いたいことは山ほどあるけれど、海外メディアに話すと良くないことが起きる」と口を閉ざした。

 武漢市内は4月に都市封鎖が解除され、今は日常を取り戻しつつある。市中心部の地下鉄駅前は夜になると数十軒の露店が並び、家族連れやカップルでにぎわっていた。ただ、客引きをする露店主の表情はさえない。食器を売っていた男性は「新型コロナで店の家賃が払えなくなり露店になった。売り上げは以前の半分以下だ」とぼやいた。 (湖北省武漢市で川原田健雄)

PR

国際 アクセスランキング

PR

注目のテーマ