空襲警報解除、山本君と工場へ【軍国少年日記】

西日本新聞

八月十日(金)晴

 九時の空襲警報で、僕はうちにかえった。警戒警報の解除は十四時過ぎだったが、空襲警報解除で、工場へもどらなくてはならないかもしれないと思って、てんしゃで工場へ行ってみたら、一人働いてゐたので、すぐ引きかへして、山本君と工場へ行って、三十分くらい働いて歸った。

○時半警戒警報

 九時空襲警報

 十三時半解除

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 ※福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(89)が14歳だった1945年に書いた「軍国少年日記」を、できるだけ原文のまま掲載しています

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