魔翼遂に我が久留米を襲ふ【軍国少年日記】

西日本新聞

八月十一日(土)晴

 魔翼ついが久留米を襲ふ。

 工場へならんで行く途中、空襲警報発令され、我々はただちにとって返して、校内あんざいしょに待避した。

 (九時半空襲警報・解除時不明、十七時・二十一時にも空襲警報)

 二十分もたった頃、突然、南方よりB24一編隊ひらした。大いそぎにて待避ごうへ飛び込む。飛び込むと同時、ザァーッとたまの落下音が、高射砲のいんいんたる発射音とともきこえた。「空はまっくろで」と友達がいふので出てみると、西の空から黒雲がもくもくと出て、西の空をおほひつくした。「畜生!やったな」といってゐる時、再び「待避」の声がしたので、壕にとびこんだ。と同時に、パーン!メリメリ!ザァーッといふ音がすぐ鼻先でし始めた。

 「おとしたぞ」と壕を出やうとしたが、つぎつぎと落下するしょうだんで、一歩も外へ出られなかった。「畜生!」と齒がみするうち、爆音が遠ざかるやうだったので、壕を飛び出ると、落ちてゐる落ちてゐる、そこら一面燒夷彈が、ぶすぶす地にささって立ってゐる。「やれーっ!」とてんでにバケツ・ぬれむしろ・木の葉をつかんで火を消し始めた。やがて水がなくなった。砂がなくなった。しかし行在所の火はもう大かた消えた。

 と思ふ時、工作所の方をみると、工作室・けんどう場はれんの炎につゝまれてゐる。我々は、「いかん。あっちは消せん」と、次は職員室前に出た。ふと税務署をみると、もえ出したと見えて中から煙がぶすぶすと出てゐ、その右どなりは、もうけ出してゐる。「やれーっ」と、左の家人の逃げ出した家から井戸水をくんできて、税務署の中に入って、その水を壁にぢゃんぢゃんかけた。やけたガラスに水がかゝって、メシメシとわれ、火は壁にうつり、あつくて立ってゐられない。その中、税務署は、我々の必死のかんとうにもかかはらず、だんだん火の手がひろがり始めた。「書類を外に出せ」。我々は事務机・書類を次々と外にはこび出した。税務署の人々はどこに行ったか一人もゐない。その時すでに税務署は火につゝまれた。

 次に左の家の荷物をはこび出し始めた。もう、けむくてけむくて目があけられぬ。涙はぼろぼろ出て目がしみる。眼鏡があったらなあとつくづく思った。そのうち一部は小使室の右および本館の一部をけし始めた。僕は、バケツがないので、燒夷彈のからに水を入れて火にかけた。そのうち、大つむじ風がおこって、トタン板、板を大空にまき上げた。そのため、あぶなくて一歩も外に出られぬ。火災のためおこった風は、ひゅうひゅう吹いて行在所の木にもえついた。「大変だ」と水を行在所にかけたが事はなかった。

 ひるまでに校内の火事はかたづいた。で、運動場で飯を食った。二年は皆かへって、七・八名しかいない。やがて集合があって、校長先生から「君たちの敢鬪によってしんえいは御安泰である。君たちの敢鬪を眞に感謝する。なほ、今からが大切な時である」とみぢかいありがたいお言葉をいたゞいた。我々はこの校長先生のためなら死んでも…と泣いて心に誓った。午後からは水槽に水の補給をした。そして六時頃終わった。

 帰りに街を見ておどろいた。明治通りは、デパート及び銀行をのぞいて、みなつぶれてしまって、きのふまでの面影はるきりなくなってゐる。電線は道にたれ下がり、危ない危ない。ちょうど、デパートの前で、にはか雨がふりだした。あゝこの雨がせめて四五時間早かったら。

 大いそぎで家にかへっておどろいた。大家さんをはじめ、うちのぐるりは、ぜんぶやけて、くにたけさん、又そのうら等がのこってゐるだけだ。うちがのこったのは全く奇跡的だ。大家さんは、一家でうちに宿をとった。

 夕食後、父にべんとうをとゞけに行った。晩はでんがこないのでろうそくをつけた。

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