ALS嘱託殺人 生きる権利の議論が先だ

西日本新聞 オピニオン面

 医師による安楽死を巡る事件は過去にもあったが、これほど異様なケースは前例がない。

 全身の筋肉が徐々に萎縮する難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う京都市の女性の依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして、仙台市と東京都の医師2人が嘱託殺人容疑で京都府警に逮捕された。

 女性は2018年末から会員制交流サイト(SNS)で仙台の医師と交流を始め、「安楽死させてほしい」という趣旨のメッセージを送っていたという。医師2人は昨年11月に女性宅を訪ね、付き添いのヘルパーが席を外した間に薬物を投与したとされる。女性は130万円を医師の口座に振り込んだという。

 さらに、仙台の医師は女性にSNSで「当院にうつりますか? 自然な最期まで導きますが」などと持ち掛けたとされ、ネット上で安楽死を肯定する主張を繰り返していたともいう。

 事実であれば、医療の名に値しない犯罪行為である。警察は医師2人の関係や背景など事件の全容解明を急いでほしい。

 ALSは進行すると寝たきりとなり、会話の能力も奪われ、人工呼吸器がなければ生命維持もできなくなる。有効な治療法のない過酷な病だ。亡くなった京都の女性は「意思を明確に示せるなら、安楽死を認めるべきだ」とネットに書き込んでいたという。

 日本は厳格な条件付きで終末期の延命治療の中止は容認しているが、薬の投与などによる積極的な安楽死は認めていない。こうした現状に対し、事件発覚後ネット上では安楽死を容認すべしとの声が飛び交っている。

 海外には一定の条件下で安楽死を認める国がある。日本の過去の事件でも、医師による安楽死が容認される条件を示した判例がある。とはいえ、安楽死の是非を、拙速な議論に委ねることは絶対に許されまい。

 患者の自己決定権はむろん尊重されるべきだが、そこに安楽死まで含む「死ぬ権利」が含まれるのか。社会の共通認識が醸成されてはいないだろう。

 16年7月に起きた相模原障害者施設殺傷事件で死刑が確定した被告は公判で「意思疎通できない方を安楽死させるべきだ」と主張した。安易に安楽死を容認することは、難病患者や重度身体障害者を排除する優生思想にもつながりかねない。

 一方で、終わりが見えない心身の苦痛を抱えて生きる人々は「自分は家族や社会の負担になっている」と考えてしまい、その追い詰められた気持ちが安楽死に向かう懸念は拭えない。

 まずはこうした人々の「生きる権利」を十分に支える医療・介護の拡充を議論すべきだ。

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