津久見高が22年ぶり決勝進出 古豪復活へ地域一丸

西日本新聞 大分・日田玖珠版 稲田 二郎

 甲子園で優勝実績がある津久見高(大分県津久見市)が夏の県大会としては22年ぶりの決勝進出を決めた。長い低迷期からの復活を支えたのは、古豪復活を願う地域の熱い思い。一般市民が後援会に寄付を寄せ、部員たちが生活するシェアハウスを作るなど、地域一丸となって津久見野球を応援してきた。

 津久見高が準決勝を勝ち上がった29日、部員19人が共同生活を送るJR津久見駅近くのシェアハウス「闘球寮」には、選手たちに食べさせてほしいと、高級ステーキ肉やケーキなどが次々に届いた。面倒を見る高尾順子さん(62)の携帯は頻繁に鳴った。選手の体調を尋ねる電話で、高尾さんは「本当にここの子どもたちは、皆さんに愛されて幸せやね」と目を細めた。

 1967年春と72年夏に全国制覇した津久見高も最後の甲子園出場はエース川崎憲次郎さん=元ヤクルト=を擁した88年で、平成以降は不振が続いてきた。

 潮目が変わったのは2015年の川野幸男市長(62)の誕生。同校OBの川野市長は人口減が進む市の活性化策の一つとして「野球のまち 津久見」を掲げ、市民を挙げて市内唯一の高校を応援する新後援会が16年に発足した。

 後援会は、市民や企業に会員になってもらい会費を集めて資金を確保。通学が困難な遠方の優秀な部員を受け入れられるよう、17年春にシェアハウスを設けた。以前の寮は耐震不足などを理由に13年11月を最後に閉鎖されていた。

 シェアハウスは、4階建てアパートの2~4階の計5室で、1階には食事処「稲穂」が入る。高尾さんはここの女将(おかみ)。1階のもう1室で、部員たちは高尾さんの手料理で体力を付ける。「わがままも言えない共同生活でしょ。食事ぐらいはね。1回でいくらまでとか決まってるけど、もう関係ないわ」。稲穂に集う野球好きはほろ酔いで、夜にハウス前でバットを振る部員に声をかけて激励した。

 支援はまだある。今春、市教育委員会に所属する藤丸崇氏(44)が監督に就任。藤丸氏は津久見高から亜細亜大に進学。全日本大学野球選手権で準優勝した捕手で、学生時代は元中日の井端弘和氏ともプレーした。市では監督業に集中できるよう、昼間の仕事を軽減するよう配慮している。

 「勝つのが当たり前だった時代を知るオールドファンも留飲を下げてくれたでしょう」と笑顔を見せるのは後援会事務局長の山崎祐司さん(52)。シェアハウスを準備し、部員たちの日用品の買い出しなどにも奔走。ときに叱り役にもなった。「野球に育ててもらったから、その恩返しです」と山崎さん。高尾さんは「今年は寮生の3年生が全員出場できて、皆の表情が明るいのが何よりうれしい」と話す。

 快進撃に津久見は湧く。居酒屋、スーパー、駅…。あちこちで野球談議に花が咲く。後援会長を務める川野市長は「市民の声援が選手たちの背を一押ししていると思う。選手たちには高校野球をやりきってほしい」と力を込めた。

 (稲田二郎)

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