「これないと貧しい人忘れます」とゼノさんは声を張り上げた 言葉を刻む(44)

西日本新聞 社会面

「これないと貧しい人忘れます」とゼノさんは声を張り上げた

 (長崎県諫早市、萩原栄三郎さん)

 長崎原爆に遭い、原爆孤児の救済に力を注いだ故ゼノ・ゼブロフスキーさんを振り返った言葉。終戦後、ポーランド人修道士の目に映ったのは原爆で親を失った孤児たちの悲惨な姿だった。生きるために盗みを働き、防空壕(ごう)で暮らす子ども…。長崎だけでなく、福岡や東京からも戦争孤児を連れ帰って面倒を見た。

 修道院でともに生活し、晩年のゼノさんに付き添った萩原さんが、寝たきりの枕元にあったぼろぼろのタオルを捨てようとすると、大声で制止されたという。2012年、76歳の時に取材に語った。

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