川の営み戻る日を信じ 郷達也

西日本新聞 オピニオン面 郷 達也

 熊本県の球磨川をボートで下ったことがある。釣り人とアユとの駆け引きを間近に眺め、観光客はボートで歓声を上げる。陸(おか)へ上がると温泉旅館で球磨焼酎とおかみの人柄に癒やされる-。流域に連綿と続くそうした人々の営みはこの夏、球磨川の氾濫で一瞬にして奪われた。

 中心部一帯が水没した人吉市や球磨村に入った。逆立ち状態の車や濁流に流された家々や橋、一面の泥。15歳まで過ごし、人吉支局長としても5年勤務した古里の変わり果てた姿に言葉がなかった。

 球磨村渡の元村職員、尾崎徹雄さん(72)の自宅は2階建ての屋根まで浸水した。被災前、村存続へ地域の結束を深めてきたが、「もう元の家には住みたくない人も出てくる。地域が消失するかもしれん」と避難先でつぶやいた。

 壊滅的な被害に遭い、球磨川流域では建設中止となった川辺川ダム事業の議論が再燃する可能性もある。2008年、蒲島郁夫知事が白紙撤回表明後、国、県、流域市町村がダムに代わる治水策を10年以上も協議しながら、いまだ結論には至っていない。

 流域のある首長は「国、県は無理難題の代替策を提案するだけして、市町村に責任を押し付けている感がある」と批判し「何十年かかるか分からんが、やはり(流水型の)穴あきダムなどは必要ではないか」と言う。ただダムがあったとしても、過去とは比較にならない降雨量だった点からみて、今回の氾濫を防げていただろうか。研究者や国、県の調査を待つしかない。

 ダムなどを整備しても、予測不能の線状降水帯など人知を超えた自然の猛威がまた襲来する恐れはある。現地調査した防災科学技術研究所の内山庄一郎氏は「浸水想定に応じ、住宅を(高台などに)移し跡地を田畑に転換するなど50年先を見据えたまちづくりが必要」と提言する。厳しい災害の時代を生き抜くには、流域が培った知恵も結集し、住民一人一人がわが事として考えていくしかないのだろう。

 支局時代、対岸の駅へ40年にわたり学生らを瀬渡ししていた船頭さんや源流地点を取材し、球磨川の恵みを実感した。再三水害に見舞われ、豪雨禍に遭っても、川と生きると決めた人たちがいるのだ。

 被災者の皆さん、つらい日々でしょうが、どうか支え合って乗り越えてください。再び球磨川を恵みの川と呼べる日が来ることを信じ、復旧・復興を応援していきます。

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 ▼ごう・たつや 熊本県水上村出身。2002年入社。宮崎総局、人吉支局などを経て報道センター政経部地域報道グループ。

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