あの日、何を報じたか1945/8/1【8月の暦】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈水田の除草、灼土の耕作(略)、焼け跡の緑化など、秋の収穫に備えて炎天の八月になすべきことは多い。都市、農村とも敵機来襲いよいよ苛烈となることを覚悟して万全の備えを固めよう〉

 毎月1日に掲載されていた、カレンダー画像付きの「暦」の記事。周囲には〈米や麦を使わずにおいしいお味噌〉という見出しの記事。福岡県立工業試験場が新しい発酵方法を用いることで、麦や米が〈相当量浮くわけで、九州味噌統制会社では現在保有の米、麦を返納して新製造を全九州業者に普及さすことになった〉とあり、食料事情のさらなる悪化が表れている。別の欄には福岡市がちり紙を配るという記事があるが、「8月2日から5日の間に1人あたり10枚」という割当量だ。

 暦の記事はこう続く。

 〈八月の常会徹底事項は戦災跡の処理、防空態勢の強化、その中、老幼病人の至急疎開があるが、若きもの健康なものは男女を問わずふみとどまって郷土を護るは勿論である。待避壕の完全整備、蔬菜(※野菜のこと)の播付、腹を据えて決戦下の生活をいよいよ固くしよう〉

 そして、主な「今月の予定」が列挙されている。

 〈一日 今日より元寇記念伏敵週間、ビルマ独立二周年記念日、下弦月〉

 〈八日 大詔奉戴日、立秋、新月〉

 〈十六日 上弦月〉

 〈廿三日 処暑、満月〉

 〈三十日 下弦月〉

 「元寇記念伏敵週間」は西部軍管区報道部と九州地方総監府が戦意高揚のために設けた運動だった。そして大詔奉戴日は日米開戦の記念日として、毎月8日に設けられていた。

 まもなく「15日 終戦記念日」が刻まれる。(福間慎一)

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