「助けたかった」濁流一気 目の前で流された老夫婦

限界豪雨 熊本の現場から(上)

 見慣れた景色は色を失っていた。田畑の緑も、白いガードレールも、全てが茶色い泥水の中に沈んでいる。普段は穏やかな球磨川は激しく波打ち、あふれ、古里をのみ込もうとしていた。

 7月4日午前7時前、球磨川沿いの熊本県人吉市下薩摩瀬町。平屋の自宅から実家に避難していた女性は、2階の窓から見た光景に言葉を失った。

 数十メートル先では軽トラックが泥水の中で立ち往生している。車内に、よく知る夫婦の姿が見えた。運転席に国本一さん(80)、助手席には足が不自由な洋子さん(79)。車は大人の膝丈ほどまで水に漬かっていた。

 水かさは驚くほどの速さで増していく。国本さんが車から降りると、水位はもう腰の辺りにまで来ていた。「国本さん夫婦が、腰まで水が来て。助けをお願いします」。女性が119番したのは、人吉下球磨消防本部の記録では7時2分だった。

 女性は大声で2人に呼び掛けたが、激しい雨音がかき消す。部屋にあったカレンダーを引きちぎり、無地の裏面にフェルトペンで「車の窓、開けて」と書き殴った。大きく振り上げると、助手席側の窓が開いた。

 「軽トラの上に乗って」。2枚目のメッセージを掲げた時には、車内への浸水が始まっていた。7時20分ごろ、国本さんは水圧で開かないドアをあきらめ、洋子さんを窓から引っ張り出し、荷台に移動させた。

 「消防に連絡した」「もう少し頑張って」。メッセージで励まし続けた。

 濁流は車付近で渦を巻き始めた。ようやく到着した消防隊のボートは流れの勢いにはね返され、近づくことができない。国本さんの首まで濁流が迫った時だった。「すーっと流されていってしまった」

 国本さんは4日夕、洋子さんは5日午前、下流で見つかった。女性の実家も床上浸水し、家財道具は使い物にならなくなった。「あまりにも、急すぎた。助けたかったけど、見ていることしかできなかった」 (古川努、郷達也)

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