「いい人」武器にバイデン氏リード 分断修復へ期待広がる 米大統領選

西日本新聞 国際面 田中 伸幸

 11月3日の米大統領選まであと3カ月。再選を目指すトランプ大統領(74)が新型コロナウイルスの感染拡大など危機対応で批判を浴びる中、野党民主党のバイデン前副大統領(77)が世論調査でリードしている。ただ、トランプ氏の「敵失」に乗じている側面が大きく、支持がどこまで浸透しているのか不透明さが付きまとう。それでも親交のある人々は信じて疑わない。「今必要なのは痛みや苦しみに耳を傾けるリーダー。ジョー(バイデン氏)の出番だ」と。

 東部ペンシルベニア州スクラントンは製造業の低迷にあえぐラストベルト(さびた工業地帯)にあるかつての産炭地で、鉄鋼の街としても栄えた。7月上旬、中心部近くに住む元教師カーンズさん(85)の自宅前に黒塗りの車が止まった。「やあ、アン。元気かい?」。車から降り立ったのはバイデン氏。玄関前のカーンズさんに向け、マスク越しに投げキッスした。

 カーンズさん宅は、バイデン氏が10歳ごろまで住んだ生家だ。10年余り前から上院議員や副大統領として近くで選挙活動した際に立ち寄るようになった。

 7月のその日は近郊の金属工場で国内の製造業復活を訴える演説をした直後。いつもならハグをし、コーヒーを飲みながら歓談するが、感染防止のため路上で立ち話。やりとりは3分足らずだった。それでもカーンズさんには十分だ。「私のような中間層や故郷の労働者を忘れずにいてくれる。私たちの誇りよ」

悲しみの使者

 バイデン氏の知人たちが政治歴半世紀のベテランにひかれるのは、その飾らない性格だけではない。

 中西部アイオワ州議会議員だったグロンスタルさん(70)の娘ケイトさん(42)は2012年、夫を亡くした。突然の死に泣き崩れたその日遅く、ケイトさんの携帯電話が鳴った。「ジョー」と名乗った男性は、当時の副大統領バイデン氏だった。

 グロンスタルさんはバイデン氏を積極的に支持していたわけではない。ただバイデン氏が大統領選に2度目の立候補をした08年、自宅に招いて意見を交わすなど親交はあった。

 動転し、悲しみの底にいたケイトさんはバイデン氏にこう慰められたことを覚えている。「時間はかかるかもしれない。でも乗り越えられる日が来る」。1972年に上院議員に初当選した直後、妻と幼い娘を交通事故で亡くしたバイデン氏だからこその言葉だった。

 その時、バイデン氏から連絡先を伝えられたが「副大統領に電話なんてできない」と遠慮した。だがバイデン氏からの連絡はその後も続いた。2年後に会った際には予定が詰まっているとせかすスタッフを「今、大事な話をしているんだ」と制し、ケイトさんの近況に耳を傾けたという。

 2015年に長男にも先立たれたバイデン氏。今年6月には「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」運動の端緒となった白人警官による暴行死事件で亡くなった黒人男性の遺族を訪ね、悼んだ。愛する人を失った人々に寄り添う姿勢は政治的対立を超え、共和党議員の遺族にも向けられる。数多くの弔辞をささげ「悲しみの使者」(米紙)とも評される。

変革いとわぬ

 バイデン氏の「庶民派」「悼む人」といった人物像を、政治的ポーズだと冷ややかに見る人々もいる。

 スクラントン近くの演説会場周辺では、トランプ氏支持者たちが抗議の声を上げていた。「バイデン氏は製造業の衰退に目を向けなかったエスタブリッシュメント(既存の支配層)だ」(元工場労働者)。同様の批判は、社会の抜本改革を志向する民主党左派の支持層にも広がる。

 「エスタブリッシュメント批判はその通りだ。44年間も国政の舞台に立ってきたのだから」と語るのはマンスフィールド財団のジャヌージ理事長(55)。上院外交委員長など要職を務めたバイデン氏を上級スタッフとして12年間支えた。同時にこうも言い添えた。「彼の人柄は本物だ」

 バイデン氏は亡き妻や娘と一緒に事故に遭い命を取り留めた2人の息子や、再婚後に授かった娘と夕食を共にするため毎日、東部デラウェア州の自宅とワシントンを片道1時間半かけて電車で往復した。「他の政治家がワシントンで政治資金集めをしていても家族第一。娘のために海外出張を取りやめたこともあった」

 バイデン氏は改革に消極的だとの見方があるが、ジャヌージ氏は「誤解だ」と否定する。オバマ前大統領が在職中に表明したLGBT(性的少数者)の権利擁護を先導したのはバイデン氏だったと振り返り「主張が異なる相手の意見を聞いて妥協点を探り、変革をためらわない」と力説した。

 コロナ禍や人種問題も重なり、混迷と分断が深まる米国。バイデン氏を知る人々は米社会を修復に導く存在として時代が彼を求めていると信じる。だが4年前、分断をあおると批判されたトランプ氏は世論調査で劣勢が伝えられたにもかかわらず大統領選を制した。

 バイデン氏とのつかの間の再会で「次はマスクなしで会おう」と約束したカーンズさん。その日を心待ちにしながら「トランプ氏は選挙に強いけれど、きっと大丈夫よ」と自らに言い聞かせるように語った。

 

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