「想定外どころやない」かさ上げした堤防をのみ込んだ濁流

限界豪雨 熊本の現場から(中)

 「ここは大丈夫とみんな安心しきっとった」

 熊本県南部の豪雨で25人が犠牲になった球磨村。神瀬地区の堤岩戸集落で松下誉寿(たかとし)さん(62)は1人、泥にまみれた自宅の片付けに追われていた。

 球磨川流域は幾度となく水害に遭い、国は1980年代に入り中流部での宅地と堤防のかさ上げ工事を開始。村では2009年までに八つの集落が対象になり、堤岩戸集落の堤防は4メートル高くなった。

 今回、川の水はその堤防も越え、3人が逃げ遅れ亡くなった。松下さんは言う。「あの擁壁を越えるなんて、想定外どころやない」

 村の一勝地地区では同年に宅地が1・5~2・5メートルかさ上げされ、住民らは家を建て直した。池下集落で農業を営む男性(70)の自宅は対象外となり、自費で土地を約2メートル上げて新築。濁流はそこにも襲いかかり、2階まで浸水した。「国の整備と同じ高さにしたので安全だと思っとった。これでも駄目なのか」

 住民の「想定外」という言葉に、国土交通省八代河川国道事務所の担当者は戸惑いを隠せない。「想定外とは言えないのです」

 国は17年3月、球磨川水系で想定される最大規模の雨、いわゆる「千年に一度の雨」による「洪水浸水想定区域図」を公表。その大部分が今回の浸水地域と重なった。

 ただ、球磨川の治水工事は「5~10年に一度の洪水に耐えるもの」(同事務所)でしかなかった。背景には「ダムによらない治水」が定まらず、河川整備計画が策定されていない球磨川の現状があるという。「抜本的な治水対策を議論しているが、結論は出ていない。整備と並行し、避難方法などのソフト対策に力を入れるしかない」と説明する。

 豪雨当日の7月4日午前2時すぎ。人吉市中神町大柿地区で町会長の一橋(いちはし)国広さん(76)は、地区の自主避難所の明かりをつけた。携帯電話で国交省のウェブサイトを開いて球磨川の水位を確認。黒板に10分ごとに記録した。3・17メートル、3・25メートル-。午前4時前、手を止めた。「ここじゃ危ない」

 一橋さんは球磨川下りの元船頭。水位の変化には人一倍敏感だった。すぐに地区の班長3人を呼び、約3キロ離れた高台にある別の地区の避難所に住民を避難させると決めた。

 「水が来るぞ!起きろ!」。約60世帯全てを4人で手分けして回り、声を張り上げた。その1人、才尾弘太郎さん(77)は軽ワゴン車で、車のない人や高齢者ら5人を数回に分けて避難所に運んだ。「うちは大丈夫」「2階に逃げる」。渋る住民をぎりぎりまで説得した。

 午前5時、ほぼ全ての住民が避難し、犠牲者は1人も出なかった。市が避難指示を出したのは、その15分後だった。一橋さんは言う。「これまでの経験は通用しない。だろう、よかろうではいかん」

 地区の民家は2階部分まで浸水。国が40年前に川幅を広げて造った堤防は10メートルにわたり決壊した。 (本田彩子、長田健吾、小川勝也)

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