20年ほど前…

西日本新聞 ふくおか都市圏版 金沢 皓介

 20年ほど前、通っていた鹿児島市の高校から福岡市に帰省する際、たまにJR日豊線と肥薩線を経由するルートを選び、博多駅まで半日ほど普通列車に揺られた。球磨川の急流を間近に望む肥薩線の車窓は、長時間乗っても苦にならなかった▼豪雨で球磨川が氾濫した翌日の7月5日、熊本県球磨村に入った。第二球磨川橋梁の赤茶色の鉄橋は押し流され、線路は変形。那良口駅付近の踏切はひたすら鳴り続けていた。変わり果てた姿に言葉が出なかった▼毎年のように起きる豪雨災害で鉄路の寸断が繰り返されている。肥薩線は、今の肥薩おれんじ鉄道が走る海側より前の1909年に開通し、当初は『鹿児島線』と称された歴史がある。道のりは長く険しいが、再び鉄路で車窓を楽しむ日が戻ってきてほしい。 (金沢皓介)

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