BC級裁判の闇に光を 水江浩文

西日本新聞 オピニオン面 水江 浩文

 「裁判は形式であった。裁判を行わずに死刑にしたり、重労働を科したりすることはできないから、裁判を行ったという感じである。量刑はともかく、処罰することは、最初から決められていた」(横浜弁護士会 青木三代松)

 「戦争裁判には刑法もなければ訴訟法もない。ただ、戦勝国が力を持って裁判を行っている。裁判というから弁護人をつける。事件があるから弁護をしなければならぬという程度のものだ」(同 横溝貞夫)

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 わが国で第2次世界大戦の戦争犯罪を裁いた裁判といえば、極東国際軍事裁判(東京裁判)がよく知られる。「平和に対する罪」が問われたA級戦犯裁判で東条英機元首相ら7人が絞首刑となった。

 これに対し、BC級戦犯裁判はあまり知られていない。B級とは「通例の戦争犯罪」、C級は「人道に対する罪」である。裁判はアジア・太平洋など各地の軍事法廷で分散して開かれた。約5700人が起訴され、うち死刑は900人以上に及ぶ。極刑に処せられた戦犯の圧倒的多数がBC級裁判の被告だったことを改めて特筆しておきたい。

 A級戦犯が政府や軍の国家指導者だったのに対し、BC級の多くは戦場へ配置された将校や兵士だった。「命令に従っただけなのに」と戦争犯罪に問われて苦悶(くもん)し、上官と部下とが責任を押し付け合う修羅場もあったという。

 米軍が国内で唯一開いたBC級の軍事法廷が横浜裁判である。1039人が起訴され、51人が絞首刑となった。その実態は清永聡著「戦犯を救え-BC級『横浜裁判』秘録」(新潮新書)に詳しい。冒頭の証言は同書から引用した。

 「勝者が敗者を裁く」裁判の宿命的な問題であり、弁護士として力及ばなかった無念さも伝わってくる。他方で日本人の弁護士を付けたことで事実を掘り起こし、無罪判決や減刑につなげて報復的な処刑を防いだという評価があることも忘れてはなるまい。

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 旧横浜弁護士会を前身とする神奈川県弁護士会が、横浜裁判の埋もれた記録に光を当て戦争の惨禍を継承しようと審理の検証作業を始めた。7月19日以降、各紙が報じた。

 戦犯裁判の記録は1999年、法務省から国立公文書館に移管された。徐々に公開されているが、個人情報保護を理由に氏名が黒塗りで開示されるなど十分な公開とは言い難い。BC級裁判の闇にどこまで迫れるか。戦後75年の節目に始まった検証の行方に注目したい。 (論説副委員長)

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