東の三疊の間を僕の部屋に【軍国少年日記】

西日本新聞

八月十四日(火)晴後小雨

 いったんがっこうに集合したが、今日は休みとのことで引返した。なほ明日、明後日も休みである。

 今度の家の二階の東の三じょうの間を僕の部屋にして、午前は本箱・机・本をはじめ、その他を少し運んだ。午後は、父の本をのぞく外全部を運びおへた。

 今度の家は、おしれが非常にすくないので、物の置く所がない。晩、三島さんがいらっしゃった。

 二十二時四十分空襲警報

 七時二十分警戒警報

 八時空襲警報

 十三時解除

 二十時半警戒警報

 二十一時警戒警報

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 ※福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(89)が14歳だった1945年に書いた「軍国少年日記」を、できるだけ原文のまま掲載しています

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