千寿園の教訓を備えに 入所者14人犠牲、避難情報共有が鍵

西日本新聞 総合面 壇 知里

計画に浸水想定なく

 熊本県球磨村の特別養護老人ホーム(特養)「千寿園」で入所者14人が犠牲になった豪雨災害から1カ月。当時いた職員らの証言からは、建物外への避難が難しい状況で入所者を必死に守ろうとした姿とともに、避難計画の「不備」も浮かび上がった。毎年のように起きる水害にどう備えるのか。専門家は「訓練を重ねることで、避難確保計画の精度を上げていく必要がある」と指摘する。

 村が「避難準備・高齢者等避難開始」を出した7月3日午後5時。千寿園には10人以上の職員がいた。村からは電話もあったが、職員には伝えられず、園は普段通り5人態勢で夜勤に入った。

 4日未明からスマートフォンの警告音が鳴り続けた。照明が明滅を繰り返す中、職員は土砂災害を警戒し、午前3時ごろに入所者を起こした。避難計画に沿って、山から一番遠い園東側の広間(約40平方メートル)に車椅子で移動させた。

 ある男性職員は、球磨川支流の「小川」を観察していた。「あと2メートルほどであふれる」。午前4時ごろ、園幹部に電話で伝えると「もう少し様子を見よう」と言われたという。

 午前4時50分、大雨特別警報。再び幹部に電話すると「道路が冠水してたどり着けない」との返事。施設の駐車場も水に漬かり始めたため、応援に駆け付けた近隣住民らと分担し、入所者を車椅子ごと2階に運んだり、1階でテーブルの上に乗せたりした。

 午前7時ごろ、渡り廊下のガラスが割れ、水が流れ込んで来た。2時間足らずで1階は水没した。

 熊本県人吉市に向かっていた陸上自衛隊が千寿園の状況を把握したのは午前10時すぎ。午後1時10分、陸自第24普通科連隊が到着したとき、職員たちは動かなくなった14人の顔や体を水で洗っていたという。

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 国は2017年に水防法と土砂災害防止法を改正し、災害で被災の恐れがある高齢者施設や医療機関などに、避難経路や要員などを盛り込んだ「避難確保計画」の策定を義務付けた。

 千寿園の避難計画では、「避難準備・高齢者等避難開始」が出されれば「避難等を開始する」と明記。「避難勧告・指示」で「施設全体の避難誘導」を行うと定める。避難場所については「土砂災害が発生した場合や激しい降雨などで屋外に出ることが危険な場合は、施設内での避難とする」。建物内への浸水を想定した記述はなかった。

 球磨村によると、千寿園がある場所は水防法改正に伴い、最大規模で「深さ10~20メートル」の浸水想定区域に入ったが、避難計画に浸水想定は盛り込まれず、年2回の避難誘導訓練でも河川の氾濫は想定されていなかったという。同志社大の立木茂雄教授(福祉防災学)は、避難情報が職員に伝えられなかったことを疑問視。「計画で決めた避難基準も生かされていない」と指摘する。

 千寿園の顧問弁護士は当日の避難行動について「避難計画に沿っていたと認識している」とする一方で「詳細は調査中」とし、今後検証する方針を示した。

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 過去に水害を経験した高齢者施設では、どう対応したのか。

 18年の西日本豪雨で1階が水没し、犠牲者を出さなかった岡山県の特養「クレールエステート悠楽」では、避難勧告の段階で「入所者全員避難」と決め、全職員を招集していた。岸本祥一施設長は「危ないと思ったときは遅い、という意識で備えている」と話す。

 埼玉県の特養「川越キングス・ガーデン」は、昨年の台風で床上浸水し一時孤立した際、避難時期を見極めるためにも責任者は施設に残った。自治体の避難情報に頼らず「正面玄関階段の5段目まで水が迫ったら避難する」と、独自の目安を決めているという。

 国土交通省によると、熊本県内の要配慮者利用施設の避難計画策定率は全国最低の5%。県は対象施設に策定を促す文書を送付し、9月に達成率を調査するという。千寿園を含め、被災した高齢者施設を調査している山口大の山本晴彦教授(環境防災)は「計画通りにいかないことはよくある。だからこそ訓練を通じて、避難に必要な人員や時間などを割り出し、専門家のチェックを受けながら実効性を高める必要がある」と強調する。

 (壇知里)

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