豪雨と渡し船の風景 小出浩樹

西日本新聞 オピニオン面 小出 浩樹

 「下田(しもだ)の渡し」は筑後川最後の渡し船である。1994年3月に廃止となり、江戸以来の歴史に幕を閉じた。

 葦(あし)と干潟のにおいがする現地を歩いた。記念碑が、福岡県久留米市城島町下田の川沿いに立つ。碑文によると、元は手こぎの賃取り船だったが、昭和の初めごろ福岡県営の発動機船となった。

 私は中学、高校時代の計6年間、通学でお世話になった。自転車ごと乗り込むと、10人ほどでいっぱいになる。

 一帯は有明海河口から16キロ地点に広がり、干満の差が大きく川幅も変わる。干潮時の渡船時間は3~4分、満潮時はその倍くらいだった。待合所も時刻表も運賃もない。船が対岸に停泊していると、満潮時は特に大声で「おっちゃーん」と船頭さんを呼んだ。

 そんな心の風景は7月8日、一変した。九州を襲った豪雨で、左岸に広がる旧城島町一帯が、市郊外の商業地とともに冠水した。「満潮時の悲劇」というべきか。本流の受水能力を超え、流れ込む支流や水路があふれた。内水氾濫というらしい。

 少なくとも渡し船があったころ、そんな言葉を私は聞いたことがない。九州北部豪雨西日本豪雨に次ぎ、わずか8年間で3度目という。

 その数日前には、球磨川全域(熊本県)と筑後川上流が相次いで氾濫した。氾濫とは水が堤防を越えることを指し、外水氾濫とも呼ぶという。

 内と外。「内からも外からも」という言い方こそ、ふさわしい。近年の風水害について、今年の環境白書は地球温暖化を背景にした「気候危機」だと言い切った。

 球磨川の氾濫では高齢者施設が浸水した。災害弱者をどう守るべきか-。当然の課題である一方、こうも思う。果たして水害と無縁の地は日本にあるのか、と。

 九州には筑後川や球磨川などの1級水系が20あり、その支流は約1500に上る。2級水系を合わせれば、川はまるで毛細血管のように大地を走っている。

 そもそも川とは何か。<空から地上へ降ってきた雨水の『最初の一滴』が、最終地点である海へと至るまでの間を結ぶものです>(藤岡換太郎著「川はどうしてできるのか」、講談社)

 四大文明を見るまでもなく人類は川近くに生活の場を求め、景観にも癒やされた。同時に、雨水を海にうまく導く治水技術を築いてきた。

 「下田の渡し」碑の傍らには、筑後川を訪れた弘法大師の御堂も立つ。各地で治水事業を指揮したとされる高僧は今、下界の一大事に何を思うのだろう。 (特別論説委員)

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