「今伝えないと」存廃に揺れる被爆建物 23歳ガイド、活動への思い

西日本新聞 社会面 西田 昌矢

歴史ガイド 佐賀出身の河口さん

 6日に原爆投下から75年を迎える広島市で最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」。コントラバス奏者の河口悠介さん(23)=佐賀県有田町出身=は週末、古いれんが造りの前に1人で立ち、果たしてきた役割や被爆時の惨状をボランティアで案内する。その建物は今、存廃に揺れる。「長年にわたって、そこにあった意味を考えてほしい」。そんな思いが活動を支える。

 原爆に関心を持つきっかけは、被爆後の広島で市民を励ました音楽教室を前身とするエリザベト音楽大(広島市)への入学。修学旅行で長崎市の原爆資料館を見学したことはあったものの、「遠い昔の出来事」と感じていた。

 卒業後も広島で演奏をする傍ら、原爆をテーマに作曲を考えた。被爆体験を聞こうと足を運んだ平和記念資料館で被爆者と出会い、支廠を案内された。爆心地から2・7キロ。1913年に建てられた。住宅地にあるため、地元を除けば意外と知られていない。「熱線で焼けた壁が、何かを訴えているように見えた」

 歴史を調べ、今年2月からガイドを始めた。一帯には縫製工場や倉庫も並んで大勢が働いていたこと、被爆者の救護所となり、死者を倉庫の前で焼いたこと…。新型コロナウイルスの影響でガイドは一時中断したが、これまでに観光客ら150人を案内した。

 広島市は被爆建物の保存や活用を目的に86件を登録。4棟ある支廠は国が1棟、広島県が3棟を所有。耐震化費用の高さを理由に県が昨年12月に打ち出した2棟の解体方針に対し、市民から保存を求める声が上がっている。

 「建物がなくなると、歴史まで消えるような気がする。だから今、伝えないと」。被爆75年の夏に、河口さんは思う。 (西田昌矢)

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