広島原爆の日 人類の存続に何が脅威か

西日本新聞 オピニオン面

 広島に原爆が投下されて、きょうで75年になる。あの日、一瞬にして市街が焼き尽くされ、おびただしい命が奪われた。

 2017年のノーベル平和賞授賞式で演説したカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(88)は今年、世界197カ国の首脳それぞれに手紙を送った。13歳の時、故郷の広島で被爆した経験を基に「核兵器は絶対悪。非人道的、非道徳的で、残酷な私たちの体験を繰り返してはならない」と核廃絶を訴えた。

 現実は米国、ロシア、中国などがしのぎを削る核軍拡競争に陥っている。サーローさんをはじめ、あの惨禍を生き抜いた被爆者の憤りに、世界の指導者はどれだけ耳を傾けているのか。

 先月、米国による人類初の核実験から75年の節目にトランプ大統領が声明を出した。この実験を「素晴らしい偉業」と称賛した上で「第2次大戦の終結を促し、世界の安定、科学の革新、経済的繁栄の時代を切り開いた」と述べ、広島、長崎への原爆投下の正当性を主張した。

 二つの被爆地で21万超の人々が亡くなり、放射線は今なお被爆者の体をむしばみ続ける。トランプ氏にはそうした過酷な現実への想像力が欠如している。

パンデミックが問う

 実際、米国は多国間のイラン核合意から離脱し、ロシアとは中距離核戦力(INF)廃棄条約に続き、新戦略兵器削減条約(新START)も失効させかねない。軍拡競争で相手に圧力を加えるより、軍縮の枠組みを維持する努力こそ本来求められているはずだ。

 米ロは世界にある核弾頭約1万3千発の9割を保有する。しかも双方が「使える核」とされる小型核を配備するなど使用のハードルを下げ、緊張を高めるばかりだ。核抑止論に基づく戦略だろうが、一度使われれば壊滅的結末をもたらす。

 くしくも戦後75年の今年、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が起こり、私たちは根源的な問いに直面している。ワクチンも治療薬も開発できず、感染者増加にも歯止めがかからない。人類の存続には戦争以外にも多様な脅威が存在する事実を突き付けている。

 地球温暖化の問題も深刻だ。九州でも豪雨など気象災害が続発している。今年の環境白書は「気候危機」と警告を発した。

 いずれも人間が経済活動を優先し、自然への負荷を軽んじてもたらした結果だ。人間がたやすく制御できるものでもない。さらなる悪化を食い止めるには世界各国の協調が不可欠な点だけは明白だ。

 一方、人間が造り出した核兵器は政治の決断で制御可能だ。

 全世界で取り組むべき新たな脅威が出現する時代に、自国優先で繰り広げる国家の軍拡競争は人類にとっていかに不毛なことか。安全保障の枠を国家単位から地球規模に広げて考える。その転換点に、私たちは立っているのではないか。

■「核保有国の共犯者」

 持続可能な社会との観点から核の問題に向き合う動きも始まっている。肥後銀行鹿児島銀行を傘下に持つ九州フィナンシャルグループは昨年、非人道的な兵器の開発・製造企業には投融資を行わないと宣言した。金融界で同様の表明が相次ぐ。

 日本政府は今なお、核の抑止力が必要との立場に固執し続ける。米国の「核の傘」に依存している現実もある。サーローさんは安倍晋三首相に宛てた手紙で「核保有国の共犯者」と祖国の姿勢を痛烈に批判した。

 核兵器の製造や保有を禁じる核兵器禁止条約は発効に近づいている。それでも政府は「安全保障の現実を踏まえていない」と批准を拒む。思考停止のままでいいのか。今や核抑止論を超える想像力こそ必要である。

 唯一の戦争被爆国という原点から核軍縮を先導する。これこそ日本が果たすべき役割だ。

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