負けると分かっている戦争へ日本が突き進んだのはなぜだったのか?

西日本新聞

 日本の夏は戦争と平和について思いを馳せる季節でもある。そのような折り、1983年に刊行されて以来、読み継がれてきた本書が新版となって登場したのは、まさに時機を得ているといえるだろう。それはこの本が、昭和16年4月、30歳代のエリート官僚・軍人、民間企業人など、合計36名が集められて発足した「内閣総力戦研究所」を軸に展開するノンフィクションだからだ。

 この総力戦研究所は、武力戦のみならず思想戦、経済戦、国内政策などを含めた国家総力戦体制に向けて若手エリート達を教育・訓練することを目的としたものであった。その過程で研究員達が模擬内閣のメンバーとなって、日米開戦の是非を検討した。出身省庁のデータなどを持ち寄ることで客観的かつ合理的に机上演習を重ね、精鋭達が同年8月に導き出したのは「日本必敗」という結論だったのである。そのシナリオは、開戦当初は日本が優勢であるものの、アメリカとの産業力や物量の差が影響し、やがてソ連の参戦もあって開戦から3~4年で日本が敗れるというものだった。この机上演習の結論は、軍国主義がすべての世相にあって、政府が組織した研究チームが開戦を疑問視するという勇気あるものであっただろう。しかし、この成果は生かされず同年の12月に日米開戦に至る。

 この本では、「日本必敗」という結論が導かれるまでのプロセスも丹念にトレースされていて読みがいがある。しかし、著者の主要な関心は、内閣に付属する機関が出した「日本必敗」の結論が葬り去られ、開戦へ突き進んでいったのははぜか、その組織論的な検討である。陸軍大臣だった東条英機が、戦争の勝敗はやってみなければ分からないと発言したことをはじめとして、「軍の論理」が冷静で理論的な判断をないがしろにしていったのだという。

 いま、読者がこの本から学べることは、とても多いと思う。どのようにして1つの国が開戦への道を歩んだのか、特に文民統制が緩んだときに何が起きるのかという、まさしく戦争と平和の問題をこの本で学ぶことができよう。また、さらに一般的な問題として「日本的な組織」における「決定」の問題を、現代的な課題と関連させながら考えることもできる。日米開戦前夜の出来事を描き切っているとともに、日本社会の根底に横たわる古くて新しい問題を考えるヒントも提供してくれる好著として、これは読み継がれるべきノンフィクションである。

 

出版社:中央公論新社
書名:昭和16年夏の敗戦
著者名:猪瀬直樹
定価(税込):792円
税別価格:720円
リンク先:http://www.chuko.co.jp/bunko/2020/06/206892.html

西日本新聞 読書案内編集部

PR

読書 アクセスランキング

PR

注目のテーマ