けがせんごと、病気にならんごと、そばに付いて注意深く見守った 言葉を刻む(49)

西日本新聞 社会面

けがせんごと、病気にならんごと、そばに付いて注意深く見守った。原爆がまた子どもたちの命を奪わないように

 (長崎県西海市、道口マチさん)

 爆心地に近い長崎市の城山小学校では戦後、被爆児と非被爆児を同じ人数にした「原爆学級」を編成した。両者の体力や学力を比較しながら、被爆児の体調の異変に早く気付くよう教師は目を凝らし続けた。きっかけは原爆の後遺症による児童の相次ぐ死だった。受け持った3年生の男児は体調不良で入院。「先生、天井に血のいっぱい付いとるよ」とうわ言を言い、1951年に亡くなった。原爆学級は52年度から6年間続いた。2013年、96歳の時に取材に語った。

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