重いやけどで動けず、足を伸ばして座り込んでいる人でいっぱい 言葉を刻む(50)

西日本新聞 社会面

重いやけどで動けず、足を伸ばして座り込んでいる人でいっぱい。今も地下通路を通るたびに思い出す

 (長崎県諫早市、元国鉄職員の中田昭三さん)

 長崎に原爆が落ちた1945年8月9日。いつものように諫早駅で働いていると、遠くで火山の噴火のように真っ黒な煙が上がるのを見た。夕方になって、列車で次々に運ばれてくる負傷者に「十分な手当てもできず、ただ恐ろしかった」。当時の駅舎は、九州新幹線西九州(長崎)ルートの整備に伴い、解体された。戦争を思い起こす場所はどんどん少なくなっている。2016年、87歳の時に取材に語った。

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