「海辺の映画館」 戦争とは何か、「敗戦少年」大林宣彦監督の遺言

西日本新聞 吉田 昭一郎

 少年時代に太平洋戦争の終戦を迎え、「敗戦少年」世代を自称した大林宣彦監督=今年4月死去、享年82=が戦争とは何か、ファンタジー仕立てで描き出す映画「海辺の映画館-キネマの玉手箱」が全国で公開中だ。映画をタイムマシンに見立て、時代をまたいで戦争をたどるエンターテインメントだ。

「恋人を選ぶ心で平和をたぐりなさい」

 舞台は、大林監督の出身地、広島県尾道市。閉館する海辺の映画館が最終日に上映する戦争映画特集を見に来た青年3人が、数々の映画の中にまぎれ込んで、戦争で生死の境に追い込まれる当時の人々と出会う。

 戊辰戦争では、自害も含め全滅に追い込まれる会津藩の白虎隊の少年たちを助けようとして戦いに巻き込まれる。日中戦争では沖縄からの出征兵士となって上官から八路軍の捕虜を刺殺するよう命令され、太平洋戦争の沖縄戦では日本兵から多くの住民が惨殺され、家族も犠牲になる。見る側は、スクリーンの青年たちを通じて戦争を追体験する、というような趣向だ。

 そして、3人は原爆投下直前の広島市に入り込み、市を拠点に工場や病院などで慰問公演をしていて被爆した移動演劇隊「桜隊」と出会い、女優ら隊員たちを市外へ助け出そうとする。

 晩年の大林監督の心に浮かぶ故郷や映画、戦争のエピソードをあれこれと切り貼りするように、ドタバタ、ナンセンスの味付けも含めてつないでいく。大林監督の心象風景のオンパレードにも思える。戦争観や思想を映し出すような言葉が随所に織り込まれる。

 「味方が味方を殺しちまうのが戦争さ」。日本国民が対米戦になだれ込んだのは多数派にわけもなく寄り添いがちの日本人の国民性、付和雷同にあると指摘しつつ、「恋人を自ら選ぶ心で平和をたぐりなさい」というせりふは大林監督の遺言だろうか。

 中原中也の詩が折々に紹介される。文明開化を「野蛮開発」と表現した詩「野卑時代」などで、今の時代の危うさと重ねて伝えないではおれない大林監督の熱が伝わる。そうした言葉の一つ一つは最後のところで心の中に結んだ真実のようにも思える。

「私には3・11が1945年8月15日とリンクした。そこから日本の敗戦後をやり直そうと考えた」と語った大林宣彦監督=2014年のインタビューから

3・11に思った「敗戦後をやり直す」

 東日本大震災と福島第1原発事故の後、大林監督は戦争3部作「この空の花 長岡花火物語」「野のなななのか」「花筐/HANAGATAMI」を発表してきた。今作「海辺の映画館-」はその集大成と言える作品だ。

 2014年4月、「野のなななのか」の公開前に、大林監督にインタビューし、「この空の花-」も含めた2作品の製作意図について語ってもらった。「私には3・11が1945年8月15日とリンクした。そこから日本の敗戦後をやり直そうと考えた。物とカネの復興ではなく、ほどよく地球という大自然と暮らす賢い人間を育てたい。過去の戦争を学んでもらおうと作った」

 当時は、特定秘密保護法の強行採決に続き、集団的自衛権の行使容認を巡る閣議決定へ、見直し論議が進む時期だった。

 「(3・11の)あの瞬間“生まれ変わるぞ”と誰もが思ったはずだったのが、なんとなく現実の中で(その思いが)風化しつつある。世界情勢が切羽詰まっているから、経済のための原発は必要である、国を守るための徴兵制は必要である、といった方向にどんどん(議論の流れが)来ているのが、ただただ僕ら敗戦少年は怖い」「憲法9条を失うのが怖い。9条を持ったおかげで日本は70年近く戦争をしないできた。日本は敗戦し、『もう二度と戦争をしない』『自分たちの子孫を戦場に送らない』と決めた。いまさら憲法9条を失うのは世界的損失であり、人類的損失だ」

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