北村西望、もう一つの作品

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 長崎への原爆投下から75年となるきょう9日、長崎市では平和祈念像の前で犠牲者の霊を慰め、世界の平和を祈る式典が行われる。

 長崎県出身の彫刻家、北村西望(1884~1987)が制作したこの平和祈念像は、1955年の完成当時から趣旨や造形、作者の戦争協力などを巡って賛否がある。しかし、毎年の式典や修学旅行での見学などにより、被爆地長崎を象徴するモニュメントとして定着しているのも事実だ。

 軽く目を閉じた表情、上空を指す右手と水平に伸ばした左手-。「祈りのナガサキ」という言葉を想起させる穏やかな像だ。

 ところで、この祈念像とは正反対の印象の奇妙な像を、同じ作者が作っていたことをご存じだろうか。

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 東京都武蔵野市・井(い)の頭(かしら)自然文化園の一角に、北村西望の作品を集めた彫刻園がある。祈念像の3年後に制作した像「人類の危機」もそこに立つ。

 鬼のような怪物が醜悪な形相で箱状のものを投げようとする瞬間を捉えている。ダイナミックな造形だ。箱には「核爆弾」の文字が彫り込まれている。

 文字で「核爆弾」を示すなど芸術作品としてはバランスが悪い印象だ。「見せ方」を計算し尽くした祈念像とは対照的に、怒り、恐怖など負の感情を勢いに任せて表現した感じがする。

 北村による碑文にはこうある。「若(もし)も大事件が突発して地球上のどこかでぼたん一つおせばどんな大都会でも一瞬にして壊滅してしまうだろう ここらで人類悉(ことごと)くが真剣に考えるべきではないか」

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 北村の自伝を読むと、平和祈念像制作に関する部分では芸術家の野心ばかりが目立ち、少々鼻白む。どれだけ反核、平和思想を内面的に掘り下げていたか、いまひとつわからない。

 ただ「人類の危機」を見る限り、米ソ冷戦が激化するにつれ、当時世界中で急速に高まっていた核戦争への危機感を、北村も共有していた-とは言えそうだ。

 井の頭自然文化園の土方浦歌学芸員が貴重な資料を見つけてくださった。昭和35年8月9日の西日本新聞長崎県版に掲載された北村の寄稿だ。北村はその中で「人類の危機」を「平和祈念像の姉妹作ともいうべきもの」と位置付けていた。

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 ふと妙なことを考える。もしも長崎の平和公園に、現在の平和祈念像ではなく「人類の危機」が祈念像と同じ大きさで建てられていたら、どうなったか。

 想像してみてほしい。核兵器を持ったグロテスクで巨大な鬼の像がどーんと青空の下に立っているのだ。「祈り」ではなく「怒りのナガサキ」のシンボルになったかもしれない。

 広島、長崎の被爆者の祈りとは裏腹に、被爆75年を経た今も核兵器廃絶の日は近づいてこない。核保有国は核戦力の強化に走るありさまだ。世界の醜悪な現状は、祈念像の穏やかな姿よりも、むしろもう一つの作品に近いように思える。

 (特別論説委員・永田健)

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