惨禍知る旧長崎駅ホーム解体へ 被爆者乗せた救援列車の発着点

西日本新聞 社会面 中原 岳

 長崎から原爆の惨禍を知る場所がまた一つ、姿を消す。街の玄関口として親しまれた旧長崎駅のホーム。九州新幹線西九州(長崎)ルート開業に伴う在来線の高架化で移転し、解体が進む。被爆者を運ぶ救援列車の発着点となり、復興を支え、街の変化を見つめてきた「証人」だった。

 駅開業は1905年4月。前年に始まった日露戦争による長崎港からの軍需物資の輸送増大で、港に近い駅の重要性は増した。

 爆心地から南へ2・5キロに位置。45年8月9日、駅舎は全焼し、線路は不通に。長崎原爆戦災誌によると、昼夜を問わない復旧工事で11日夜には駅からの運転が再開。大村、諫早などへ被爆者を運んだ。

 駅舎は49年と98年に同じ場所で改築された。ホームは変わらなかったが、今年3月に150メートルほど西に移転。一帯は駅前広場などになる。

 ホームの屋根を支えた「鉄骨の一部」は被爆当時からあったとの指摘もある。調査した市は「(真相は)分からなかった」としているが、今回の解体工事で一部を保管した。 (中原岳)

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