長崎原爆75年 目前に迫る被爆者なき時代 「証言頼み」転換模索

西日本新聞 総合面 華山 哲幸 徳増 瑛子 西田 昌矢

資料デジタル化、オンラインで議論

 原爆投下から75年を迎え、全国の被爆者の平均年齢は83歳を超えた。「被爆者なき時代」が目前に迫る中、被爆の実相をどう伝え、核兵器廃絶への思いをいかに継承していくのか-。被爆地では資料の収集や、デジタル化による発信、オンラインの活用などの模索が始まっている。

 長崎原爆資料館(長崎市)の企画展示室には、この1年に被爆者や遺族から寄贈された資料が並ぶ。75点。「家族8人中6人が爆死」と記載された罹災(りさい)証明書、原爆投下のおよそ1年以内に撮影されたとみられる長崎市中心部の焼け野原の写真…。いずれも被害の実相を雄弁に物語る「証人」だ。

 こうして寄せられたり、資料館が集めたりした収蔵品は約2万点。被爆者が周囲に何も説明せずに亡くなった後、遺族が持ち寄るケースもあり、背景や来歴が分からないものも少なくない。

 市は今春、市内で被爆者健康手帳を所持する約2万5千人に提供を呼び掛け、7人から102点を受け取った。被爆継承課は「生前に提供してもらうことで、資料にまつわるストーリーもしっかり聞き取っていきたい」と狙いを話す。

 被爆者団体も活動の足跡を残そうと動く。長崎原爆被災者協議会(被災協)は事務所に残る資料の整理と分析を始め、将来的にはインターネット上で公開する「デジタルアーカイブ」に乗り出す。日誌や議事録、活動のビラなど1万点以上あるとみられ、市内の歴史研究者らが目録作成を進めている。研究者の一人、長崎総合科学大の木永勝也准教授(平和学)は「被爆者のいない時代に彼らの歩みを示す資料がないと、被爆者の存在自体が忘れ去られてしまう」と懸念する。

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 凄惨(せいさん)な体験を伝える被爆者自身の「声」は、何物にも代え難く、力強い。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が世界各国で被爆者の証言活動を行ったことが、核兵器禁止条約の採択につながったことは、ノーベル平和賞を受賞したICAN自身も認めている。

 だがその声を発する被爆者が減っていく。厚生労働省によると、最も多かった1980年度末の37万2264人に対し、今年3月末時点では13万6682人。「生存する被爆者に頼る発信」からの転換はもう一つの被爆地、広島でも同様。昨年の平和記念資料館のリニューアルでは、身に着けていた衣服などの遺品と遺影、遺族のメッセージを一緒に並べることで、被爆者の「顔」を浮かび上がらせ、入館者の「心」に訴える仕組みを心掛けたという。

 加えて関係者が力を入れるのが、世界とつながるオンライン。長崎で式典があった9日の夜、被災協の田中重光会長、スイスにいるICANのベアトリス・フィン事務局長らが核兵器廃絶についてビデオ会議システムで議論する長崎市や赤十字国際委員会(ICRC)主催のイベントがあった。

 田中会長は「核兵器が使われないために世界中で平和教育が必要だ」と強調し、フィン事務局長は「(これからは)伝え方の戦いだ。核兵器の非人道性をどうやって伝えるかが重要だ」と指摘。被爆地が追悼と祈りに包まれる大切な日の同じ時間を、国境を超えて共有できることを証明した。

 昨年3月まで長崎原爆資料館長を務めた作家の青来有一氏も、オンラインの活用による対話の広がりで「語り合う時代が来る」と期待する。一方で、きのこ雲の下で起きた出来事を想像する力は、現地を訪れることで増すとの考えに立ち「長崎に来る人が多ければ多いほど、世の中は変わっていく」とも話す。被爆地は、模索している。 (華山哲幸、徳増瑛子、西田昌矢)

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