「神の島」は要塞だった 沖ノ島砲台の研究書出版 地元出身花田さん

西日本新聞 ふくおか都市圏版 床波 昌雄

 平和学習に役立てて

 福岡県宗像市の沖ノ島や大島などに残された砲台跡などを調査・研究した「北部九州の軍事遺跡と戦争資料 宗像沖ノ島砲台と本土決戦」を、宗像市出身で滋賀県草津市教育委員会文化財調査員の花田勝広さん(65)が出版した。「戦争遺跡の保存と、平和学習に役立ててほしい」との願いが込められている。

 花田さんの専門は古墳時代の考古学だが、沖ノ島の岩上祭祀(さいし)遺跡の考古資料が盗まれた事件を調べるため、2012年から戦時中の沖ノ島砲台の調査に着手。沖ノ島砲台と同じ構造の長崎県対馬市豆酘崎(つつざき)砲台や、北九州市若松区の石峰山高射砲陣地、福津市の東郷公園にある戦艦三笠の主砲などを実測調査した。

 防衛研究所戦史センター資料やアジア歴史センター資料を精査し、沖ノ島や大島を含む朝鮮海峡系要塞(ようさい)を守備した下関要塞重砲兵連隊の配置なども分析した。

 沖ノ島には島北東部と南西部の2カ所に砲台があり、それぞれ2連装の15センチカノン砲が配備されていた。1937(昭和12)年から39(同14)年にかけて工事があり、砲台のほか軍道、兵舎、洞窟弾薬庫などが整備されたという。約200人が駐留していた。

 43(同18)年に、沖ノ島の北東2・5キロの海上で米国の潜水艦の魚雷攻撃を受けて撃沈し、死者行方不明者約580人を出した関釜連絡船「崑崙(こんろん)丸」事件も、当時の新聞記事とともに紹介している。

 実施調査をともにした戦争遺跡保存全国ネットワーク共同代表の出原恵三さんが序文を寄せており「『神の島』がコンクリートで固められ要塞となり、玄界灘が魔の海となった時代のあったことに触れずして宗像の歴史を語ることはできません」と記している。

 サンライズ出版より発行(税込み4400円)。書店やアマゾンで取り扱っている。

(床波昌雄)

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