背中押した長男、多くの善意…被災した理容店が再開「涙が出る思い」

西日本新聞 社会面 鬼塚 淳乃介

 「店は継ぐ」背中押した長男 

 7月の記録的豪雨で、大分県日田市天瀬町の天ケ瀬温泉街は浸水被害を受け、組合加盟14軒のうち7軒のホテル・旅館が休業中のままだ。深い爪痕が残る温泉街で、中野行男さん(73)が営む理容店は7月下旬に営業を再開。自宅兼店舗は全壊したが、空き店舗を借りた。「サインポールさえ回ってりゃあね」。中野さんは再興へと踏ん張る温泉街にエールを送る一心で、はさみを持つ。

 7月7日午前6時ごろ、激しい雨が続き、温泉街の道路に濁流が押し寄せた。中野さんは着の身着のまま、はさみやコテなど理容道具数点をリュックに入れ、妻須磨子さん(73)ら家族と避難した。「手になじみ、これだけあれば仕事ができる」。水害が度々起きる温泉街で避難の際に持ち出している道具だった。

 水が引き、店に戻ると、これまでとは比べものにならない大きな被害に衝撃を受けた。2階建ての1階は1・6メートルの高さまで漬かり、備品もほとんど流失。過去の水害ではすぐに店を再開できたが「あまりにひどい。もう店を畳んで引っ越そうか」と諦めかけた。

 そんな時、理容師免許を持つバス会社勤務の長男(51)が、思いもよらず背中を押した。「店は継ぐ。ここに建て直そう」。父の理容店を継いで半世紀。最大のピンチに、3代目となる決意を聞いて奮い立った。

 数軒隣に無料で貸してくれる空き店舗が見つかる。理髪用の椅子やタオルも取引業者、見知らぬ支援者から寄せられた。「多くの人の善意に、涙が出る思いだった」

 無事だったサインポールを店先に掲げて開店すると、待ちわびていた常連客が次々訪れた。経営する旅館の復旧作業の合間に訪れた大庭清見さん(68)は「早く開いてくれたのは温泉街にとって一つの光」とさっぱりした髪に手を当て笑顔をみせた。

 中野さんは仮住まいを続け、全壊店舗の再建も見通せない。それでも「ぼつぼつでいいっちゃんね」。復興に動きだした温泉街を鼓舞するように、赤、青、白のサインポールは回り続けている。 (鬼塚淳乃介)

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