統計となる死の絶望 岩田直仁

西日本新聞 オピニオン面 岩田 直仁

 8年ほど前の夏の話である。美術企画のための欧州出張に備え、福岡市総合図書館の閲覧席で調べ物をしていたところ、少し離れた席にいた高齢の男性が静かに立ち上がり、黙とうを始めた。

 8月15日、時計を見ると正午だった。80歳は超えていただろう。深いしわが刻まれた顔には人を寄せ付けない厳しさがあり、話し掛けることができなかった。1945年の夏、彼はどこかで玉音放送に耳を傾けていたのだろうか。あるいは、外地にいて聞くこともできなかったのか。

 その欧州取材でドイツ人通訳と酒を飲んだ際、話題が戦争の記憶に及んだ。アウシュビッツ。ヒロシマ、ナガサキと並んで先の戦争の惨禍を象徴する地名だが、通訳は「記憶すべきは強制収容所だけではないことを最近知りました」と、スターリンとヒトラーの権勢拡大が重複した東欧などで続いた虐殺の歴史を教えてくれた。今思えば、欧米で話題になっていたティモシー・スナイダー著「ブラッドランド」を読んだのだろう。

 日本の戦争について記憶すべき事実も、ヒロシマとナガサキだけではない。戦線は中国大陸から東南アジア、南洋の島々へと途方もなく長く伸びた。列島各地は度重なる空襲で焼かれ、沖縄は激しい地上戦にさらされた。

 30年を超える記者生活で被爆、シベリア抑留、空襲などの体験者と会ってきた。戦後75年の今年、後輩記者たちが記憶の糸をたぐっている。

 太平洋の環礁で飢えに苦しんだ元日本兵、中国に赴き、最後はガダルカナル島で戦死した青年と郷里の父を結んだ手紙の数々…。どれも次世代に伝えるべき、かけがえのない事実である。

 アウシュビッツの死者は100万人を超えるという。ユダヤ人を収容所に送り込んだアイヒマンが語ったとされる(実際は諸説あり)<百人の死は悲劇だが/百万人の死は統計だ>という台詞(せりふ)を引いて、シベリアに抑留された詩人の石原吉郎さん(1915~77)はジェノサイド(大量虐殺)について<死においてただ数であるとき、それは絶望そのものである>と書いた。<人は死において、ひとりひとりその名を呼ばれなければならないものなのだ>

 75年にわたり、多くの人々が8月になると、「ひとりひとりその名」で呼ばれるべき死者を思い出し、掘り起こしながら、戦争から延びる糸を未来につないできた。

 近い将来、戦争体験者がいなくなる。私たちは死者に思いを寄せながら、記憶の風化に抗(あらが)い続けるしかない。

 (論説委員)

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