戦時中、軍服に使われた博多織 福岡の伝統産業、苦難の生き残り

西日本新聞 ふくおか都市圏版 手嶋 秀剛

 博多織の老舗織元「サヌイ織物」(福岡市西区小戸)に、濃紺の反物が残されている。太平洋戦争中に旧日本海軍の軍服に使われた生地だったという。織元に併設した博多織工芸館に展示され、戦後75年の夏を静かに迎えている。

 反物は正絹で長さは20メートル余り。サヌイ織物先代社長の讃井勝美さん(81)が16年前に工芸館を開設した際、廃業する博多織元から譲り受けた。その際に「戦時中に軍からの注文で作った」と伝えられた。

 太平洋戦争中の1942年、企業整備令によって博多織元の多くは廃業を余儀なくされ、残った織元も軍需産業に取り込まれた。「博多織史」(博多織工業組合刊)によると、博多織は陸海軍の軍服や落下傘ベルトに使われた。

 「伝統産業の博多織が戦争に翻弄(ほんろう)され、軍需産業として生き残る道を歩んだ証しがこれです」。サヌイ織物社長の讃井勝彦さん(44)は、手にした反物に織元が体験した苦難を思う。

 先代の勝美さんは終戦の1945年に6歳だった。同年6月19日の福岡大空襲では、博多の下竪町(現・福岡市博多区下呉服町)で被災し、母親とともに防空壕(ごう)に逃げ込んだ。工芸館に展示した軍服の生地に、自身の戦争体験も重なる。

 太平洋戦争末期に織られ、終戦によって織元に残されたとみられる反物は軍服5着分に当たる。勝美さんは「これが仕立て上がっていたら(戦地に赴いた)5人の命が失われていたかもしれませんね」と語った。

 工芸館は見学無料で、終戦の日の今月15日も開館。社長の勝彦さんは「戦争や軍隊とは結びつかない博多織にも、こんな時代があったことを知ってもらえれば」と話した。博多織工芸館=092(883)7077。

(手嶋秀剛)

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