ICJの意見 核兵器使用は「一般的に国際法違反」 原爆を背負って(66)

西日本新聞

 「この子どもたちに何の罪があるのか」。長崎市の伊藤一長市長(故人)が、黒こげになった少年の写真パネルを示しながら訴えました。1995年11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)。核兵器の使用は国際法違反かどうかを審理する裁判で、一長さんは日本政府の証人として法廷に立ちました。

 世界保健機関(WHO)などが「核兵器使用は国際法上の義務違反に当たるか」と、ICJに勧告的意見を求める決議をしたことを受け、開かれた審理です。背景には、被爆50周年に向けて、非政府組織(NGO)を中心に核兵器廃絶を求める運動が強まったことがあります。

 ICJは96年、画期的な意見を出します。「核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法違反」としたんです。被爆者にとって当たり前のことですが、それまでこの非人道的な兵器は国際的に裁かれることがありませんでした。ただ、国家存亡の機で自衛のために使用することについては判断を避けた。14人の判事のうち7人がこの立場を取ったそうです。その中で、「いかなる場合でも違法」と主張した人物がいました。

長崎原爆資料館を訪れたウィラマントリー氏(右端)を案内する私(左端)と山口仙二さん

 それがスリランカのクリストファー・ウィラマントリー氏です。判事を退いた後、長崎を訪れた彼を私と山口仙二さんで案内しました。長崎原爆資料館を見学した彼は、「ここに来れば誰もが核兵器の恐ろしさを知るはず。長崎からメッセージを送り続けてほしい」と激励してくれました。ウィラマントリー氏らがつくった勧告的意見は、被爆者やNGO、非核を訴える国々にとって大きな弾みになり、核保有国を包囲していきました。

 そんな中で迎えた2000年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議。すでに核を開発していたインドやパキスタンが非加盟という問題はありましたが、核保有5カ国に軍縮を義務づけ、その他の国への拡散を禁止する唯一の条約です。その運営状況について話し合う5年に1度の国際会議が、初めて核兵器廃絶に言及したんです。

 全会一致で採択された最終合意文書には「核兵器完全廃棄を達成する明確な約束」という文言が盛り込まれました。原爆投下から55年、ようやく示されたかに見えた核兵器廃絶への道筋。しかし、すぐに幻となりました。(聞き手 久知邦)

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 「原爆を背負って」の英訳版「THE ATOMIC BOMB ON MY BACK」が米国で発行されました。同国で自費出版する日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は初版500部の発行に必要な資金70万円をクラウドファンディングで募りました。

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