自然とどう向き合うか…「科学」とは異なるアプローチを考える

 今年も九州全域で大雨による甚大な被害が出た。7月3日から4日にかけての集中豪雨では、球磨川流域を中心に熊本県南部の各地で24時間雨量が観測史上最大を記録した。「記録的豪雨」、「観測史上最大」、「数十年に一度の災害」。最近は毎年のようにそんなフレーズを耳にする。

 いま私たちは自然とどう向き合うべきか、立ち止まって考えることを迫られている。人類学は、長い間、自然のなかで暮らす人びとの生き方や知恵から学ぼうとしてきた。いったい人間と自然との関係は、どう変化したのか?

 20世紀を代表する人類学者のレヴィ=ストロース(1908~2009)は、1962年刊行の『野生の思考』(みすず書房)で、「未開」や「野蛮」とされてきた人びとが近代科学に匹敵する知性にあふれていることを理論的に示し、世界に衝撃を与えた。冒頭には、1950年代初頭に調査された石垣島・川平の研究も引用されている。

 「子供でさえ、木材の小片を見ただけでそれが何の木かを言うことがよくあるし、さらには、彼ら現地人の考える植物の性別でその木が雄になるか雌になるかまで言いあてる。その識別は、木質部や皮の外観、匂(にお)い、堅さ、その他同種のさまざまな他の特徴の観察によって行われるのである。何十種という魚類や貝類にそれぞれ別の名がつけられているし、またそれらの特性、習性、同一種の中での雌雄の別もよく知られている」(6頁(ページ))

 レヴィ=ストロースは、世界中の事例をあげて、人びとが動植物種に関する膨大な知識をもち、名前をつけ、精緻な分類を行っていることを示した。そこには知的欲求にねざした徹底的な観察と具体的で感覚的な特徴にもとづく因果関係のあくなき追究があった。それは科学に発展する前段階ではなく、それ自体が独立した体系をなす「具体の科学」である。レヴィ=ストロースはそう主張する。

 この「野生の思考」は、世界を秩序づける儀礼や神話を支える。自然現象や人間集団の関係を説明可能にする認識体系でもある。「偉大なる分類家」を自認するアメリカ先住民ナヴァホは、動植物をきわめて細かく分類する。生物はまず言葉をもつかどうかで二分される。動物は走るか飛ぶか這(は)うかで三群に分かれ、それぞれが地上か水上か、昼行か夜行かで分けられる。植物は、性別、薬効、外観の三つの性質に沿って命名され、さらに大きさでも三分される。分類された動植物は、自然の要素と対応し、儀礼のなかで結びつけられる。たとえば、鶴は空、「赤鳥」は太陽、鷲(ワシ)は山、アメリカチョウゲンボウは岩、「青鳥」は樹木、ハチドリは植物、ヒラタムシは大地、鷺(サギ)は水といった具合に。こうした分類体系を理解してはじめて、なぜ彼らの儀礼や神話に多様な動植物が出てくるのか、それらがどんな役割を果たしているのかがわかる。

 レヴィ=ストロースは、この儀礼や神話にみられる野生の思考が、急激な変化を抑制し、社会の安定と連続性を維持していると指摘した。日本の民話も「昔々あるところに」ではじまる。年代や場所は特定されない。それは歴史上の出来事ではなく、神話の時空間に属しているからだ。

 神話や儀礼は、つねに循環し原点に回帰することを促す。儀礼では繰り返し神話の英雄が演じられ、目の前の天変地異も神話をもとに説明される。そんな社会をレヴィ=ストロースは「冷たい」社会と呼び、歴史的な変化を発展への原動力にする現代のような「熱い」社会と対比した。「冷たい」社会は「発展途上」でも、「遅れている」わけでもない。社会を不安定化させる変化への欲求をあえて制御してきたのだ。

 科学の進展は、自然をコントロールする知識を劇的に増やした。しかし人類はずっと科学とは別のやり方で自然に向き合ってきた。感覚的特性で世界を体系づけ、自然界の秩序を人間界の秩序に変換して社会を安定させる野生の思考。レヴィ=ストロースは、それがいまも人類の知性の重要な一部をなしていると言う。その可能性をどう生かせばよいのか。半世紀以上前に投げかけられた問いが、いまもくすぶり続けている。

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 ◆松村圭一郎(まつむら・けいいちろう) 1975年、熊本市生まれ。岡山大准教授(文化人類学)。京都大大学院博士課程修了。エチオピアでフィールドワークを続け、富の所有と分配などを研究。「うしろめたさの人類学」で毎日出版文化賞特別賞。近著に「これからの大学」「はみだしの人類学」。

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 ◇写真を担当している喜多村みかさんの個展「TOPOS」が福岡市中央区大手門の「LIBRIS KOBACO」で開かれている。長崎や広島で撮った作品を中心に約30点。9月13日まで。月~水曜日休廊。

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