シベリア抑留 悲劇の実態 全容解明急げ

西日本新聞 オピニオン面

 第2次大戦で日本が降伏を通告した後に起こった「シベリア抑留」は今も続く悲劇である。この記憶を決して風化させてはならない。

 75年前となる1945年8月23日、旧ソ連の指導者スターリンが旧満州(中国東北部)などにいた元日本兵らの抑留を命じた。悲劇の始まりである。

 厚生労働省の推計では約57万5千人もが移送され、旧ソ連などの収容所で強制労働に従事した。抑留は最長11年に及び、「シベリア三重苦」と表現される酷寒、重労働、飢餓に苦しみ、約5万5千人が命を落とした。だが、この惨事の全容は今も解明されていない。

 まず死亡者の身元特定が遅々として進まない。これまで約4万人の身元は分かっているが、先月は10人とペースは鈍い。まだ約1万5千人も残っている。

 ロシアからの資料の提供は今も続き、日本側の記録と照合しながら特定作業は進められる。ロシア側で記録された名前の表記が不正確なため作業が難航するケースもあるという。

 収集できた遺骨も2万1951柱にすぎない。昨年には厚労省の事業で日本人以外の遺骨を取り違えて持ち帰り、その事実を伏せる失態も発覚した。

 東西冷戦によって長年、旧ソ連の協力が得られなかった事情があったとはいえ、その冷戦終結から既に30年余である。

 身元特定も遺骨収集もいつ終わるのか全くめどが立っていない。異国で非業の死を遂げた肉親の消息を尋ね、遺骨を探し求める遺族は少なくない。こうした人々の思いに、政府はもっと誠実に向き合う義務がある。

 安倍晋三首相は15日の全国戦没者追悼式で「私たちが享受している平和と繁栄は戦没者の尊い犠牲の上に築かれた」と述べた。政府は式の追悼対象には抑留者も含まれるとの立場だ。

 それでも、首相がロシアのプーチン大統領との度重なる会談で抑留問題を取り上げたことは一度もない。国としてあまりにも無責任である。

 そもそも、戦争の延長線上に起こったシベリア抑留は史上まれにみる拉致事件である。その重大さを踏まえれば、政府はロシア側に機密資料の提供や遺骨収集でさらなる協力を強く促すべきだ。厚労省だけで進める遺骨収集の在り方などを見直し、実態解明を急がなければならない。10年前に成立したシベリア特別措置法は、そうした国の責任を定めているはずだ。

 抑留体験者らは8月23日を「シベリア抑留の日」と定め、民間団体が都内で追悼行事を続ける。私たちも原爆の日、終戦の日とともにこの日を心に刻み、記憶を継承していきたい。

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