小学時代の夏休み、夕飯のおかずがイモヅル炒めだけの日があった…

西日本新聞 オピニオン面

 小学時代の夏休み、夕飯のおかずがイモヅル炒めだけの日があった。戦争を知らない子どもたちに戦時中の食糧難を体験させようという亡き祖母と父の工夫だった

▼「家族そろってごはんが腹いっぱい食べられる。こんな幸せはない」。そんなことを2人は言い聞かせたはずだが、イモヅルが硬くてよくかめなかった記憶しかない

▼昨日が命日の脚本家向田邦子さんに「ごはん」というエッセーがある。東京大空襲に遭った向田さん。執拗(しつよう)に襲う爆撃機B29が巨大な鳥に見えた。「家を守れ」と父に厳命され、生まれて初めて土足で畳に上がり奮闘する。奇跡的に風向きが変わり家は焼けずに済む

▼すると父が「次は必ずやられる。最後にうまいものを食べて死のうじゃないか」。とっておきの白米と、埋めていたサツマイモを天ぷらにしてたらふく食べ、汚れた畳に親子5人、マグロのように並び昼寝をした

▼<戦争。家族。ふたつの言葉を結びつけると、私にはこの日の、みじめで滑稽な最後の昼餐が、さつまいもの天ぷらが浮かんでくるのである>。向田さんはそう記し、人生で心に残るごはんの1番手に挙げている

▼食は大切な命の源。この時季によく放映されたアニメ映画「火垂(ほた)るの墓」でも、死にゆく幼い妹の最期の言葉は「ごはん」や「おから」だった。幸せをもたらすごはんを家族愛と一緒によくかみしめ、マスクで息苦しい酷暑を乗り切りたい。

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