「和解の力」感じた夏 テイラーさんの福岡日記

西日本新聞 国際面

 福岡での2度目の夏に一番心に残ったのは、8月9日の長崎平和祈念式典に在日米国大使館のヒル首席公使と共に参列したことです。新型コロナウイルス感染対策で参列者数を約500人に縮小して執り行われましたが、終戦75周年という節目に参列できたことを光栄に思います。犠牲者への献水の瞬間には心を動かされ、児童の合唱「あの子」の歌詞を聞きながら、歴史を忘れてはいけないという思いと、戦争のない平和な世界を構築する努力の必要性を再認識しました。

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 私は、かつて敵対した米国と日本が、戦後の和解の力によって今日の強固な友好関係を築いてきたことに深い感銘を受けています。

 1945年6月の福岡大空襲の翌日に処刑された米爆撃機B29搭乗員の慰霊法要が今年6月に福岡市の「油山観音」で開かれ、元陸軍大尉のご子息らが参加し米兵遺族からもメッセージが寄せられたとの西日本新聞の記事を読み、同月に現地でご住職に話を伺いました。自分が奪った米兵の命を一生負うという気持ちで大尉が自宅庭に置いていた地蔵は現在、油山観音に祭られています。

 また、大分県中津市の八面山上空で45年5月にB29編隊の1機に日本軍戦闘機が体当たりして両機が墜落し、その後、日米戦没者の慰霊と世界平和を祈念して「八面山平和公園」が造られたと聞き、7月に訪問しました。

 米空軍勤務だった私の父はB52爆撃機のパイロットでした。B29はB52の配備で退役した同じ任務の軍機のため、B29の米兵の家族の気持ちを私も察することができます。私も国務省入省前、父にならって空軍に奉職しました。戦時中のことは痛ましい記憶なので目を背けた方がつらくないと考える人もいますが、私は戦後75年を経て深化し、今年で60周年を迎えた日米同盟の意義と重要性を強く感じています。

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 日米の友好関係は私の人生そのものです。日本人の妻との間にもうけた4人の子どもは、米国と日本にルーツを持つ両国の懸け橋で、彼らや日本の若者が次世代の日米関係をさらに緊密にしていくことを確信しています。私は世界の人々との直接対話による市民交流で米国との相互理解を促進したいと思い、軍から外交へ転職しました。

 型にはまらない交流を望む私は福岡着任後の昨秋、福岡市総合図書館の五十音別電話帳から1人の福岡市民を無作為に選んで、事前の連絡なしで自宅に会いに行きました。

 その人は森田さんという地区の自治会長をされている方と後で分かり、その縁で早良区の高取公民館での餅つきや高取中学校の生徒さんとの交流などの機会を与えていただき、今も親交が続いています。東京のような大都会であれば突然の訪問を不審に思い、このような気さくな交友へ発展することはなかったでしょう。

 今は対面の市民交流は難しいですが、コロナ収束時に皆さんと握手をして語り合えることを願っています。

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 在福岡米国領事館のジョン・テイラー首席領事(52)のコラムです。随時掲載。

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