子ども3人おったけん。両脚ある人に負けるつもりはなかった 言葉を刻む(69)

西日本新聞 社会面

子ども3人おったけん。両脚ある人に負けるつもりはなかった

 (高知県大月町、新谷重徳さん)

 1942年1月17日、陸軍兵士として中国大陸の中部で戦闘に加わり、機関銃で左脚を撃たれた。手術で大腿(だいたい)部を切断され、人生終わった、と絶望した。4カ月後、東京の陸軍病院で渡された義足を付けると、歩くことができた。「これで普通に生活ができる」と確信を持ったという。兵役免除となり、終戦の年に結婚。農業や山林業、漁業など次々と事業に挑戦した。「兵隊の時の苦労を思えば、戦後、できんことはなかった」。82年からは2期8年、町長も務めた。

 =2012年高知新聞取材、当時92歳

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