「科学vs政治の対立構造に」東浩紀×伊藤亜紗、コロナ禍を考える

西日本新聞 文化面

対談:コロナ禍を考える(上) 

 新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの生活を大きく変えた。コロナ禍を機に、立ち止まって考えるべきことは何なのか。批評家・哲学者の東浩紀さん(49)と、美学者の伊藤亜紗さん(41)が語り合った。

  僕はゲンロンという会社を経営していますが、感染が拡大した2月末からイベントにお客さんを入れるのをやめ、緊急事態宣言が出た後、希望する社員はテレワークに変えました。旅行や遊びの外出は自粛していましたが、オフィスには必要なときは通い、あまり変化なく過ごしてきました。伊藤さんは?

 伊藤 私は大学の教員で、自宅にこもることのできる職業なので、基本的にビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を使った授業などをしていました。先が見えない不安から、一時期は発言も攻撃的になってしまい、今考えると別の人格になっていました。死を身近に感じ、普通の状態ではなかったと思います。

  コロナウイルスの正体は今でもよく分かっていません。何万人も死ぬかもしれないというシミュレーションは真に受けないようにしました。今回、専門家の対応に不満があるとすれば、「分かっていないことが多い」との情報発信が少なかったこと。接触を8割削減する、という分かりやすい数字が独り歩きしましたが、正しかったかどうか分かりません。

 伊藤 GW明けから東工大で、主に理工系の研究者にインタビューしてユーチューブにアップする「STAY HOME STAY GEEK」という活動を始めました。マスコミに流通する情報だけが科学者の考えではないだろうと思ったからです。

 コロナに関しては「自分の研究の専門からはここまでしか言えない」と話す人が多かった。社会的な課題というのはひとつの分野で解決できるものではなく、さまざまな研究分野がパズルのピースのように複雑に組み合わさって、ようやく答えが見えるか見えないかという感じなのだ、ということを改めて実感しました。

  日本やアジアで欧米に比べて死者が少なかった理由は分かりません。これからどうなるかも分からない。SNS(会員制交流サイト)時代に初めて起きたパンデミック(世界的大流行)なので、いろいろな情報が流れ続けていますが、右往左往して方針を変えるのは良くない。僕は不安の拡大をどう制御するか、という問題意識を最初から持っていました。

 伊藤 そうですね。その場その場に対応するだけでなく、長期的な視点を持つことが大事だと思います。

  コロナ問題が起きたころに原稿のためにチェルノブイリ原発事故について調べていました。放射性物質の生態系への影響はいまだによく分かってません。それは当然で、莫大(ばくだい)な放射性物質が生態系にばらまかれた例はチェルノブイリと福島しかない。いろいろな事例を比較対照しないと、科学的に正確な像は見えてきません。

 コロナの流行も、何回も起きるならば「この対策が効く」と言えます。けれど今回だけでは、科学的に正確であればあるほど、予測できないと言うしかないはずです。それが理解されていない。「科学者は真実を分かっている」「科学者が言う通りにすれば感染は制御できたのに、政治がゆがめている」という科学対政治の簡単な対立構造が流布してしまった。科学リテラシーという観点から見ても良くなかったと思います。

 伊藤 本当に、現代の科学をもってしても分からないことが大部分だと思います。宇宙生物学が専門の同僚が、「生命を定義することはできない」と言っていたことを思い出しました。私たちはまだ、地球に存在する生命のかたちしか知らない。地球以外の惑星で生命が見つかったときに初めて比較が可能になり、生命が定義できるようになるのだ、と。

  今回は悪い意味での科学への過信がありました。グーグルアップルが鳴り物入りで開発した接触確認アプリもどれくらい有効なのか、検証されていない。人はスマホを置いてどこかに行くこともあります。「なんかすごいテクノロジーでコロナと戦っている」という印象が先行しています。

 いま世界で現実にできていることはマスクや手洗いであり、100年前と変わっていない。ロックダウン(都市封鎖)も何百年も前からやっています。

 原発事故でも、チェルノブイリで何をしたかというと結局は危ないものを閉じ込めただけ。デブリ(溶融燃料)を取り出しても埋めるしかない。制御しているとは言えない。それしか人類はできていない。

 大きな危機が起きたとき、人類ができることは昔とあまり変わらないという、残酷な事実が今回出てきたと思います。

 あずま・ひろき 1971年、東京都生まれ。批評家、哲学者、作家。トークショーなどを開催する「ゲンロンカフェ」(東京・五反田)を2013年に開設。カルチャー・スクールの運営やチェルノブイリツアーの企画、出版などを手掛ける。著書に『動物化するポストモダン』、『ゲンロン0 観光客の哲学』『哲学の誤配』など。

 いとう・あさ 1979年、東京都生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授(美学、現代アート)。著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、『どもる体』など。今年2月から、東工大科学技術創成研究院「未来の人類研究センター」のセンター長。「利他」をテーマに共同研究を進めている。

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ