天皇陛下でも、母の名を叫ぶでもなく、周りが気付いたときには死んでいた 言葉を刻む(71)

西日本新聞 社会面

天皇陛下でも、母の名を叫ぶでもなく、周りが気付いたときには死んでいた

 (島根県安来市、足立健吉さん)

 陸軍の一員として1944年1月、ミクロネシア連邦モートロック諸島サトウワン島に上陸した。当初は米軍の爆撃を受けたが、戦線が北へ移ると敵にも味方にも忘れられた島になった。長さ2キロ、幅700メートルの小島で飢えとの闘いが終戦まで続いた。島にいたオオトカゲやヤシの実は食い尽くし、戦友の死因は大半が餓死だった。一緒に松江の連隊を出た仲間約70人が死んだ。それでもサトウワン島より悲惨な島があったことに戦後、気付いた。

 =2005年山陰中央新報取材、当時85歳

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