医ケア児の避難、「顔の見える関係」に活路 北九州の挑戦

西日本新聞 くらし面 三宅 大介

医ケア児避難・北九州の挑戦(上)

 日常的に人工呼吸器を使うなど、在宅の医療的ケア(医ケア)が必要な子どもや家族の支援を巡り、まず災害時の避難態勢を構築しようと、北九州市が本腰を入れている。医療や福祉、行政関係者など多職種が連携し、当事者を個別に調査して暮らしぶりやニーズを把握。一人一人の避難支援計画づくりを目指す。コロナ禍でハードルが上がる中、「顔の見える関係」に活路を見いだそうとしており、その手法は他の地域にも参考になりそうだ。

 8日、地元の産業医科大が開いた災害時の支援を考えるシンポジウム。「いろんな職種の方が顔を合わせて話ができる関係づくりを進めている。より重層的な医ケア児支援につなげていければ」。同市障害者支援課の篠原愛子係長が、昨年から始めた官民での取り組みを紹介した。

 枠を超えた協力を

 医ケア児は容体が変わりやすく、自宅では親たちから毎日24時間、介護を受けて暮らす。在宅生活を続けるには一時預かりなどの支援が欠かせないものの、医療や福祉、教育など縦割り制度の弊害もあり、公的サービスは十分ではない。

 市がまず着手したのは、そうした施設や関係機関が、それぞれの事業の枠も超えて「支え手」となり得るマンパワーの確保だ。

 課題を把握し、整理する主導的な組織として昨年7月、市内の基幹病院、医師会、診療所、訪問看護や相談支援事業所などに市の関係部局を加えた「北九州地域医療的ケア児支援協議会」(計16人)を発足。その議論を情報共有し、具体的に支援に携わる“実行部隊”として、市在住の医ケア児が利用する施設や事業所、医療機器メーカーなどに協力を呼び掛け、「ネットワーク連絡会」も設立した。今年7月現在、登録機関は計87に上る。

 連絡会はこれまで計3回開催。毎回100人以上が一堂に会し、当事者や支援者らの話を聴き、小グループに分かれて意見交換も行った。参加者からは「一事業所だけでは難しい医ケア児支援に踏み出すきっかけになった」「情報交換できる場が欲しかった」との声が上がり、「支援者の方々の熱意は想像以上だった」(篠原係長)という。

 向き合える安心感

 協議会は昨年10月、基幹病院の患者や特別支援学校に在籍する市内の医ケア児(18歳以下、計142人)を対象に、実態調査を開始。基礎的な調査として一人一人の住所、必要な医ケアやニーズを把握した上で、災害時の支援を優先することにした。「医ケア児家族は普段でも移動が難しい。豪雨災害が多発しており、特に命の危険がある人たちの避難支援計画づくりを急ごうと考えた」。協議会メンバーの一人で産業医科大の新生児科医、荒木俊介さん(45)は説明する。

 調査は一度きりではなく、課題別に対象を絞り、より細かく要望や意見を把握し、解決の糸口を探るのが協議会の基本姿勢。まず停電によって大きく影響を受けやすい人工呼吸器の使用者ら39人を抽出し、今年2~3月の追加調査で災害時の不安などを聞いた。

 親たちは日々の生活で疲弊しがちなため、いずれも調査票を送るだけではなく、協議会や連絡会のメンバーが手元に届けて記入まで手伝うこともあった。

 同じく協議会メンバーで、小児の訪問看護ステーション「にこり」(福岡県岡垣町)代表の松丸実奈さん(42)は「現場を知る支援者と、ルールや制度を作る行政が手を取り合っている姿に、家族の期待も高まっている」とみる。「医療的ケア児というくくりではなく、○○区に住んでいる○○さん、つまり一人一人と向き合って支援を考えていることが大きいのでは」

 浸水区域か知らず

 シンポジウムでは、災害の追加調査結果も公表された。浮き彫りになったのは、医療機器などを抱えたままではやはり移動や避難先の確保が難しい実態だ。

 「自力や手伝ってもらっての避難が可能か」との問いには「いいえ」「どちらとも言えない」が51・4%。理由には「数人の人手が必要」「高層階に住んでいるので降りられない」「ほかにきょうだい児が複数いる」ことなどが挙がった。自宅が浸水想定区域などにあるか「把握していない」人も48・6%に上った。

 被災後に停電が続いた場合に「本音では避難したい場所」(複数回答)は、かかりつけの病院が62・2%と最多で、地域の避難所は10・8%止まり。自宅待機もなお40・5%を占める。災害時に「手助けに来てくれる人がいる」は45・9%で、うち近隣住民は約1割だった。

 そもそも病院は避難所ではなく、地域とのつながりも希薄。家族たちは半ば、避難を諦めているかのようにも映る。

 そんな中、協議会が模索する災害時の具体的な支援とは-。 (次回は9月3日)

 (編集委員・三宅大介)

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