熱線で変形した右足…4歳で被爆「足よりも心の痛みがつらかった」

西日本新聞 長崎・佐世保版 野村 大輔

忘れぬ感覚 体験者の証言から(1)

 「被爆者の生きざまを知ってほしい」。そう言って写真を見せたのは4歳の時に被爆した長崎市京泊の小峰秀孝さん(79)。当時の熱線で焼かれ、変形した自分の右足だ。親指以外の4本の指は反り返り、甲は盛り上がったケロイドを手術で削った傷痕が痛々しい。

 75年前のあの日、爆心地から1・3キロ離れた自宅近くの畑で被爆した。ビワの木に登っていた時、爆風で吹き飛ばされ、両手と両足、腹に大やけどを負ったが一命を取り留めた。

 変形した右足は足首が曲がらず、軽い衝撃を受けただけでケロイドが裂け、血があふれた。何より痛かったのが3度にわたる手術。爪先にキリで穴を開けて糸を通し、足裏にある木の板と結びつけて固定し、変形を矯正した。麻酔が効かなくなると激痛に襲われた。

 小学生の時、右足を引きずり、半身で歩く姿を見た同級生に「腐れ足」「ガネ(カニ)」と呼ばれ、いじめられた。真っすぐ歩きたい-。その一心で手術の痛みにも耐えた。後には被爆を理由に就職、結婚でも差別された。「足よりも、心の痛みがつらかった」

 完治したが、すねから下のケロイドと手術痕は今も残る。記者が触らせてもらうと、肌は突っ張った感じがしたが、小峰さんに痛みはないという。太ももの皮膚を移植したという足の甲の一部は「感覚が鈍い」。反り返った4本の指は現在も地面に着かないままだ。

 小峰さんは被爆体験を語る際、変形した右足の写真を見せる。心と体に受けた「痛み」を包み隠さず話すことが、被爆の実相の継承につながると信じているからだ。 (野村大輔)

    ◇   ◇

 75年前の戦禍は、負傷による激痛や食糧不足に伴う飢え、生き残った者が犠牲者を焼く-などの悲惨な経験をもたらした。原爆や戦争体験者が二度と繰り返さないと誓う、戦禍の忘れられない「感覚」について証言をたどり、伝える。

長崎県の天気予報

PR

長崎 アクセスランキング

PR

注目のテーマ